違憲訴訟を起こす、ということ。

 イラク訴訟違憲判決から5年。イラク派兵違憲訴訟の弁護団事務局長として関わり、その後も一人一票違憲判決に関わった立場として、この期に「違憲訴訟」を起こす、ということがどういうことか、僕なりに考えているところをまとめてみたい。

■違憲判決は99.9%出ない
 まず、「違憲訴訟を起こす」ことを考えるにあたって、この日本国憲法下では裁判所はほとんど違憲判決は出してこなかった、という現実を直視することから始める必要がある。 違憲判決は、原則99.9%、取れないのだ。
 「憲法違反」ということは、普通の「違法」とは異なる。単なる「国賠訴訟」とも次元が全く異なる。
 「立法行為あるいは行政行為が、憲法の規範に反している」という国家の根幹に関わる重大かつ深刻な問題なのだ。当然、違憲判決を出すのであれば、その裁判官にも一生に一度の覚悟を迫るものだ。
 それでも「違憲判決を目指す」ということは、①裁判官が「違憲判決を出さざるを得ない」と心底思わせる「事実」があり、その「事実」を裁判官に丁寧に示すこと、②裁判官を圧倒的な理論で説得しきる「理論」を弁護団が備え、展開しきること、③裁判所に、「裁判所の役割」として、違憲判決を出すほかないと覚悟させること、④そのために、原告や弁護団は何年もかかることを承知で全力以上の力で裁判を遂行すること、が最低限の条件である。
 そして、世論にも違憲判決の必要性を訴え続けることも不可欠であり、法廷の外に向けた「裁判運動が裁判を支え」また、「裁判が運動を支える」という相関関係がなければならない。
 最低限、こういった「構え」があって初めて、違憲判決を勝ち取るための「スタートライン」に立つことが出来る。
 逆に言えば、違憲判決は、「原則99.9%でない」という事実を前提に、それでも突破して違憲判決を得る、という圧倒的な事実を下に、勝てる理論と、裁判を後押しする世論を作り上げる、という戦略がないのであれば、違憲訴訟はすべきではない。
「合憲判決」が出てしまえば、それまでの「運動」自体をつぶしてしまうからだ。そのリスクをしっかり認識した上で裁判をすべきである。
 「運動がダメだったから裁判」で、というのは完全に負け犬裁判であり、これは最悪である。しかし、残念ながら、しばしばあるケースであり、そしてこのような裁判で原告が勝てた験しはない。
 運動との関係で言えば「裁判を運動の中心に据える」という積極的な戦略がなければならない。
 裁判は決してパフォーマンスで起こしてはいけない、というのが僕の持論である。

■「勢い」や「パフォーマンス」で違憲訴訟を起こしてはならない
 僕が弁護団事務局長としてイラク訴訟を起こしたとき、まだ僕が31歳だったということから、「イラク訴訟は若い弁護士が勢いで違憲訴訟を起こした」と思われがちである。 しかし、イラク訴訟弁護団は百戦錬磨の強者が多く結集し、日々厳しい議論を重ねながら裁判を行っていったのであり、「パフォーマンス」で訴訟を起こしたわけでも、「勢い」で起こしたわけでもない。

 もちろん、裁判の目的は、「判決で勝つ」ということに限定されるものではない。
 判決で勝たなくとも、違憲判断を裁判所がしなかったとしても、裁判を中心とした裁判運動によって、目的を達成できることが最も大事なことである。
 逆に、法廷の中だけでの狭い裁判闘争では、結局裁判にも勝てない。
 しかし、だからといって、違憲訴訟を起こす以上は、法廷でも違憲判決を全力で目指す、ということが大前提であって、判決で勝つことを軽視した裁判は絶対にすべきではない。
 「パフォーマンスで裁判をした」と裁判官が思った時点で、その裁判は負けである。
 確かに、「違憲訴訟」というのは、インパクトがあるが、「インパクト」だけで裁判をすると言うことは、「パフォーマンス」で裁判することと同義である。

 
■次に、憲法訴訟を起こすときに陥る問題が様々あるが、大事な注意点をいくつか指摘させていただきたい。
 憲法訴訟を起こすときに陥る第一の問題点は、議論が「憲法議論」に拘泥する、ということである。
 憲法訴訟である以上、憲法議論が中心となって当然、と思われるかもしれないが、これは半分正しく、半分正しくない。

 イラク訴訟でも、議論の当初は、「憲法議論」に拘泥した。
 自衛隊の海外派兵を違憲と訴える裁判では、裁判所は「平和的生存権は具体的権利ではない」として、違憲かどうかの実態審理に入らず「門前払い」をし続けてきた。
 そのため、イラク訴訟提訴時も、その「門前払い」を突破し、実態審理に入るために「平和的生存権」の理論面に議論が集中した。
 これは、日本が「付随的違憲審査制」を取っており、「違憲」ということだけで裁判にはならない、ということから、如何に、実態審理の土俵にのせていくか、という議論であり、その議論を真摯にすること自体はもちろん必要である。

 しかし、逆に、「付随的違憲審査制」を取っている、ということは、普通の民事事件との土俵の上で裁判を行う他ない、ということであり、そこで、「普通の民事事件」の「土俵」で必要な主張をしっかりしていくことが不可欠、ということを軽視してはいけないのである。
 では、「普通の民事事件」の「土俵」で必要な主張とは何か、といえば、それは「被害」の事実、実態を丁寧に訴え、裁判所に司法による救済の必要性を自覚させる、ということである。
 したがって、なによりも、「被害実態の事実」が大事だ、ということである。
 イラク訴訟では、イラクの深刻な実態について、4年間、新聞記事はもちろん、様々な情報を丹念に、地道に収集し続けた。また、イラクから難民が多数流れていたヨルダンに現地調査に行ったり、また、アメリカなど各国の法律家やNGOなどとも連携して、情報を入手し続けた。地道な情報を積み重ね、イラク戦争の実態を立体的に積み重ねていったのである。

 同時に、原告側に、深刻な被害が生じていることが必要であり、イラク戦争に反対して外務省を「クビ」になった天木直人元レバノン大使など、多様な原告それぞれの具体的な「被害」をリアルに訴え続けてきた。
 イラクの被害実態と、原告の被害実態の双方を、丁寧に訴えてきたのである。こういった「被害実態の深刻さ」を訴えることなく、憲法議論の「空中戦」ばかりに終始していては、勝ち目はない。
 これが、違憲訴訟、憲法訴訟の際の注意点の1点目である。

■次に、第2の注意点として、政治的主張の場に陥ってはならない、という点である。
 特に「憲法9条違反」など、政治的にもかなりの議論となるテーマの場合、原告の主張も政治的メッセージが強調されて「政治的主張」の場になってしまう傾向がある。誤解をおそれずに率直に言えば、弁護団、原告団として結束せずに、市民が単独で起こした違憲訴訟の場合、訴状が政治的主張に終始し、法的な主張になっていない場合が多い。
 政治的に、憲法9条違反ということを訴え続けても、法廷ではそれだけでは全く説得力を持たない。

■第3の注意点として、「違憲」の対象となる「違憲・違法行為」としての「事実」を具体的に「特定」し、「立証しきる」、ということである。
 「憲法訴訟」となったとき、「憲法違反」という抽象的なメッセージが強くなりすぎるためか、普通の民事訴訟では当然に加害行為を「特定」していくのに、なぜか、具体的な国家の行為の「特定」が甘くなる傾向があるような気がしてならない。
 イラク訴訟の名古屋高裁違憲判決も、抽象的に「イラク派兵が違憲」、としているわけではない。また、単に「空輸が違憲」としているわけでもない。個別具体的に、航空自衛隊の輸送活動について期間を特定し、その期間の輸送実態をしっかり証拠に基づいて検証した上で、憲法の規範に適合するかの判断を厳密に行っているのである。
 抽象的に、もっと言えば、「政治的」に「違憲判断」をしたわけでは、決してない。
 通常の民事訴訟の思考方法そのままで、淡々と事実を厳密に特定し、証拠を評価し、法律判断を下した、ということなのである。
 弁護団側も、しっかりと国の「違憲・違法行為」の「特定」を厳密に行い、違憲とする行為の特定を厳密に行うことが不可欠である。
 そのためには、弁護団も、実態をしっかりと知ることが必要であり、積極的な情報収集と整理を行う必要がある。

 
■4点目の注意点であるが、憲法訴訟の際に、今まで違憲判決を得られなかったということから、「突破するには新たな憲法理論が必要だ」として、「斬新」な憲法論に陥る傾向があるが、これも慎重にすべきである。
 イラク訴訟でも、平和的生存権が抽象的権利とされ続けてきたために、平和的生存権自体の主張を回避して、思想信条の自由の侵害だと訴えた原告・弁護団もいる(イラク訴訟は、名古屋、札幌をはじめ、全国11地裁で提訴され、それぞれゆるやかに連携しつつ、基本的に独自の訴訟活動を行った)。
 しかし、裁判上の主張も、また、学説も、これまでの積み重ねは極めて重要であり、まずそこを無視して、「斬新」な議論を展開しても、裁判所を説得しきる力を発揮することは困難である。まずは、これまでの訴訟(敗訴判決からも含めて)の蓄積と、学説の蓄積をしっかりと学び、その上でその訴訟に合わせた理論に「発展」させていく、ということが大事である。いきなり独自の斬新な議論を展開しても、勝ち目はない、と思う。
 「独自」の主張に陥る前に、まずこれまでの蓄積を継承する、という姿勢が大事である。
 イラク訴訟では、砂川、恵庭、長沼、百里と戦後の憲法9条訴訟に関わってきた内藤功弁護士からその都度教訓を学び取り、訴訟に活かそうとしてきた。同時に、憲法学者の先生に密に協力いただきながら、憲法議論の承継と発展を目指し続けてきた。
 裁判は、その時点一点だけに存在するものではなく、流れの中にある。流れを承継し、つくり出し、次に承継していく、という意識が大事だと思う。

 
■5点目は、「憲法違反」とする際の「憲法規範」は、学説上は通説を大事にすることと、さらには、政府見解を決して軽視しない、ということである。
 イラク訴訟の名古屋弁護団では、戦後の憲法九条に関する政府答弁(内閣法制局の答弁)全てを丁寧に分析した。その中で、大森内閣法制局長官の「武力行使一体化」の要件に関する政府答弁の重要性に着目した。
 そして、裁判の中で、航空自衛隊の個別具体的な活動(しっかりと特定をしたもの)を、この「大森4要件」に当てはめた結果、「武力行使一体化」の要件を満たす、として「憲法違反」という論理展開をした。つまり、政府見解に則っても、「違憲だ」という展開をした。
 相手の土俵に乗った上で相手を寄り切る、という戦法を正面からとったのである。

 名古屋高裁違憲判決は、まさに自衛隊の個別具体的な活動を、この大森4要件に当てはめて、政府見解に則って、「違憲」と判断したのである。
 名古屋高裁は、「独自の憲法論」に則ったのではなく、「政府見解に則って違憲」といったのであり、国にとっても反論の余地のないものであった。
 政府見解の重みを軽視せず、しっかりとそこから議論を展開することで、裁判所も違憲判断をしやすくなるし、また、判決自体の重み、説得力も全く異なってくる。
 政府見解などの積み重ねも、軽視してはならない。

 
■6点目の注意点であるが、弁護団だけで裁判をする、あるいは逆に弁護士などいらない、ということにならず、弁護団と原告団とは車の両輪だという意識で裁判をしていくことが大事である。
 憲法訴訟になると、その「政治性」故か、弁護団が突出するか、逆に原告が単独で行うか、という両極端になりがちである。裁判によっては、途中で弁護団と原告団とが反目し合ってしまうこともある。
 しかし、裁判は、弁護団だけでも、原告だけでも出来ない。普通の裁判では当然のことである。特に、憲法訴訟では、法廷の中の議論を法廷の外に,世論に広げていく、ということが大事であり、その際に原告が主体となって広げていく、ということが極めて重要である。原告の主体性と、弁護団の主体性それぞれが有機的に結びつくことが不可欠であり、反目し合っているようでは力を発揮できない。
 原告とつねに信頼関係を高め、たとえば弁護団会議には原告も参加し、逆に原告の会議にも弁護団が参加することが大事である。
 また、法廷と法廷の間の期間に勉強会を持ち、弁護団は原告とともに、また、市民とともに学び続け、広げ続けるという姿勢が大事である。

■7点目であるが、裁判は長くつらい。盛り上がりで言えば、提訴時がピークである、と言っても良い。マスコミが注目するのも、提訴までである。
 その後の地道な訴訟活動を諦めずにやり抜くということが大事である。
 名古屋のイラク訴訟では、一審の名古屋地裁で、提訴後2年目に代わった裁判長が原告を敵視し、強引な訴訟指揮を行ったために、その後1年間裁判所と原告・弁護団が正面から対立する厳しい法廷が続き、結果、完敗を喫した。
 高裁に控訴した直後の弁護団会議は、皆意気消沈していたこともあり、しばらく弁護団会議の参加者が激減し、ひどいときには4人、ということきもあった。
 その時は、一人は、原告の代表の方だったので、弁護士は3名。さらに、うち1人は、会議終了間際に来たので、実質会議で議論していた弁護士は2名だった。
 もっとばらすと、一人は僕。一人は、僕の妻(弁護士)。ほとんど「夫婦げんか」という会議だった。そういう時期もあったが、それでも、次の会議まで、次の法廷までの課題と戦略を議論し、何をすべきか、誰にその課題を担当してもらうか、という前を向いた議論を(けんかをしながらも)しっかりしていたのである。
 余談であるが、違憲判決が出た直後の弁護団会議には、「こんなに弁護団いたかな」と思うくらい参加者が増えた。 

 そんなもんである。
 諦めずに、「細々と、しかし、堂々と」続ける、ということが大事である。
 違憲訴訟を起こした後、人が減っていく、ということは覚悟の上で、起こした中心の弁護士は、覚悟を決めて最後までやり抜いて欲しい。
 違憲訴訟を起こすにあたって、注意して欲しいと思う点は、だいたいこのくらいです。
 裁判運動論などは別にいろいろ考えるところがありますが、別の機会に述べたいと思います。
 
 なお、これは個人的な見解で、イラク訴訟弁護団の見解ではありません。 
 
 
 
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by kahajime | 2013-02-15 03:44 | 憲法