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内閣法制局の憲法解釈権限(1)

安倍政権は、集団的自衛権行使を認める国家安全保障基本法の制定に並々ならぬ意欲を燃やしています。しかし、集団的自衛権行使は憲法上認められないとする内閣法制局の存在が故に、当初、安倍政権は、議員立法によって内閣法制局の見解を変えてしまおうと考えてきました。
 しかし、最近、議員立法という「迂遠」な道を経ることなく、内閣法制局長官を交代させ、内閣法制局の見解自体を直接、根本から変えさせ、その上で、国家安全保障基本法を内閣法制局を通して国会に提出し、与党の数の力で法案を可決しようと考えています。
 このようなことが果たして許されるのかについて、以下検討します。
 長文となるので、2回に分けて、アップしていきます。

第1 内閣法制局の役割と権限
 1 内閣法制局の沿革と役割
(1)明治憲法制定以前から存在した内閣法制局
 まず、内閣法制局とはそもそもいかなる機関であるのか。その歴史から簡単に振り返る。この点については東京大学社会科学研究所の「社會科學研究」 第56巻 第5/6号, 2005.03の「違憲審査制と内閣法制局」(佐藤岩夫)を参照した。
 内閣法制局の歴史は古く、直接的には1885年(明治18年)の内閣制度の発足に伴い、「法制局官制」が制定され、内閣に法制局が設置されたことに始まる。ただし、それ以前にも若干の前史があり、1873年(明治6年)5月2日の太政官無号達太政官職制により、太政官正院に「法制課」が設置され、法制課は1875年に法制局に変更された。
 その後、1881年に太政官中に参事院が設けられ、法制局の法律規則に関する事務が参事院に引き継がれた。参事院は内閣が全国務の統一を確保するための補助機関というべきもので、フランスの国務院(コンセイユ・デタ)を範にとったもとのと言われている。参事院が法律命令の起草審査の他に、行政裁判も所掌していたのも、フランスの国務院にならったものである。
 1885年に発足した法制局は、基本的に参事院の権限を引き継いだ。
 1889年に大日本帝国憲法が制定されると、行政裁判所が創設されるなどしたため、1890年に新しい「法制局官制」が制定され、所掌事務を法令案の審査、立案、内閣総理大臣への意見具申などに整理し、さらに1893年に組織上の位置づけについて一定の修正が加えられた。それが第二次大戦時まで継続した。
 以上の沿革からすると、内閣法制局は、内閣の国務の統一を確保するための重要な補助機関として、明治維新直後から法治国家の根幹を担う役割を果たしてきたといえる。

(2)戦後の内閣法制局の廃止と復活
 第二次大戦後、現行日本国憲法によって裁判所に違憲立法審査権が付与された。その後、1948年2月15日には、GHQの指示によって法制局が廃止され、法制局は一時、内閣直属の地位を失った。
 しかし、1952年4月に平和条約が発効し、独立を回復すると、同年8月、内閣における法制の整備統一に関する機能を強化するため、法制局が4年半ぶりに復活し、再び内閣の下に置かれた(1952年法制局設置法)。
 同法律の3条により、内閣法局の任務が明示され、今日まで維持されている。
 すなわち「閣議に付される法律案、政令案、条例案を審査し、これに意見を附し、及び所要の修正を加えて内閣に上申すること」(3条1号)、「法律案及び政令案を立案し、内閣に上申すること」(同条2号)、「法律問題に関し内閣並びに内閣総理大臣および各省大臣に対し意見を述べること」(同条3号)、「内外及び国際法制並びその運用に関する調査研究を行うこと」(同条4号)、「その他法制一般に関すること」(同条5号)である。
 その後、1962年7月に、名称が内閣法制局に改称され、現在に至っている。
 内閣法制局の復活は、内閣提出法案が主流となる中で、内閣の法制の整備統一の機能を強化するという必要性に伴うものである。

(3)内閣法制局の役割
 以上から、内閣法制局は、我が国が近代国家を歩み始め、法治国家たらんとした時点から存在したものであり、「法治国家の要」としての役割を担ってきたと言える。
 また、内閣の法制の整備統一を図り、法体系の一体性を確保してきた。
 さらに、後述するように、内閣法制局の憲法解釈を通じて、「権力の行使を憲法が縛る」という「立憲主義」を行政部の内部から担保する重要な役割を担ってきたといえる。
   
 2 内閣法制局の事前審査権限
(1)事前審査の内容
 内閣が提出する法案は、閣議に付される前に各省庁が立案したもの全てを内閣法制局で審査する。日本では、国会に提出される法案の過半を内閣提出法案が占め、また成立する法案の圧倒的多数は内閣提出法案であることから、この内閣提出法案の事前審査にあたる内閣法制局の役割は大きい。
 内閣法制局による法案の審査は、主務官庁の担当官と内閣法制局の審査担当参事官との間で、原案の説明、質疑応答、原案の修正、質疑応答といった一連の手続きが繰り返し行われる。内容的には、「憲法及び他の現行法制との関係並び立法内容の法的妥当性についての妥当性についての検討はもちろんのこと、立案の意図が、法文の上に正確に表されているか、条文の配列等の構成は適当であるか、用字・用語の誤りはないかというような点についても、法律的、技術的にあらゆる角度から検討をする。その対象となる範囲は、題名、目次から本則、罰則はもとより、法律案につける提案理由にまで及ぶ」ものとされている(内閣法制局百年史編集委員会編1985:222頁)。
 もっとも、審査は基本的に形式的な側面に重点があり、法案の目的の正当性や政策的妥当性などに及ぶものではない。
 しかし、「形式面に限定されるにしろ、一字一句の誤りも許さないとされるその厳格な審査は、内閣提出法案の立案過程において重要な役割を果たしている」(「違憲審査制と内閣法制局」佐藤岩夫)と評されている。

(2)比較法的に見た事前審査機能
  こうした事前審査の機能は、日本の内閣法制局だけの特殊性ではない。もともと、明治維新後に作られた法制局の前身である「参事院」は、フランスの国務院(コンセイユ・デタ)を範としている。フランスでも、成立する法案の大部分は議員立法提出案ではなく政府提出案をもとにしており、また、政府提出法案の内容がその根幹において議会で修正されることは稀であることから、国務院が法律制定において果たす役割は極めて大きい、とされている。
なお、フランスは、憲法裁判所である憲法院を設け、1974年に提訴権者が拡大されたことで、違憲審査が拡大し、1981年以降は提訴の半数以上が違憲の判決をもたらす、という状況が生まれており、その当否は別にして、裁判所が違憲審査に極めて消極的な我が国とはかなり事情が異なる。
 ドイツも、司法省が法案の事前審査機関としての機能を果たしている。ドイツも憲法裁判所が事後的に活発な違憲審査を行い、実際に少なからぬ法令が違憲の判断を受けている。
 しかし、フランスもドイツも、事前に憲法審査をする行政機構が存在し、それが法の一貫性を確保すると共に、立憲主義を支える1つの柱として機能している、ということができる。

第2 内閣法制局の憲法解釈権限
 1 内閣法制局の憲法解釈の根拠
 内閣法制局の権限は、上記のように内閣提出法案に対する事前審査を行うことにあるが、さらに内閣法制局には憲法解釈権限が委ねられている。
 しかし、内閣法制局に「憲法解釈権限」がある、という明確な規定があるわけではない。条文上は、各省庁において憲法解釈に疑義があった場合、あるいは、関係省庁間で憲法解釈に争いがあるような場合には、各省庁からの求めに応じ、内閣法制局が、内閣法制局設置法3条第1号及び第3号に基づき、各関係省庁からの意見を聴取し、法制局内における論議、検討を経た上で、当該憲法解釈についての意見を附す、あるいは意見を述べる、と定められているだけである。
 しかし、内閣法制局の憲法解釈についての意見は、行政府内の憲法解釈の統一を図ることを目的としてなされることから、内閣法制局の憲法解釈が結果として行政府内の統一した憲法解釈として最大限尊重され、内閣によって採用されている。
 その結果、「内閣法制局は、国民に対する権限を持っていないが、他の官庁に対しては、内閣法制局設置法第3条第3号の規定により、法律問題に関する意見具申権や、国の最高法規である憲法の最高有権解釈権者として事実上の権限を行使している」(中村明「戦後政治にゆれた憲法九条 第3版」32頁)と評されているのである。

 2 内閣法制局の憲法解釈の効果 
 この「意見」の効力について、井出嘉憲信州大教授(東大名誉教授・行政学)は、「意見に法的拘束力があるかといえば、明文で示されていない。しかし内閣法制局の意見が退けられ、他の意見が採用されることはない。つまり意見には法的拘束力の上位にある政治的拘束力がある。また憲法解釈についても、内閣法制局の見解が行政府の有権的解釈とする、ということが前提でこの仕組みが成立している」と説く。
 このように、内閣法制局の憲法解釈については、法的拘束力はないが、「法的拘束力の上位にある政治的拘束力」があるとされている。
 この点、平成8年4月24日の参議院予算委員会において、大森内閣法制局長官は次のように述べている。

 「憲法を含めまして法令の解釈というものは、最終的には最高裁判所の判例を通じて確定されることが現行憲法上予定されていることは御指摘のとおりであります。したがいまして、そのような意味で私どもの見解というものがいわゆる最高裁判所の判断のごとく拘束力を持っているものではないということは、もう指摘されるまでもなく重々承知しているわけでございます。

 ただ、やはり法律問題に関し意見を述べることを所掌事務として設置法に明記されていることに照らし考えますと、法制局の意見は、行政部あるいは政府部内においては専門的意見として最大限尊重されるものであることが制度上予定されているということは申し上げたいと思います。」



 大森氏が述べるように、内閣法制局の意見には法的拘束力はないものの、行政部内においては専門的意見として最大限尊重されることが制度上予定されているといえる。

 3 内閣法制局の憲法解釈の厳格性
 内閣法制局の憲法解釈は厳格であり、一貫しており、解釈の変更は原則として認めない、とされている。
 この点、昭和50年2月7日の衆議員予算委員会において、吉國内閣法制局長官は次のように答弁している。

「法律の解釈は、客観的に一義的に正しく確定せらるべきものでありまして、行政府がこれをみだりに変更することなどはあり得ないものでございます。」

 また、昭和53年4月3日の参議院予算委員会において、真田内閣法制局長官は、次のように答弁している。

「憲法をはじめ法令の解釈は、当該法令の規定の文言、趣旨等に即しつつ、それが法規範として持つ意味内容を論理的に追求し、確定することであるから、それぞれの解釈者にとって論理的に得られる正しい結論は当然一つしかなく、幾つかの結論の中からある政策に合致するものを選択して採用すればよいという性質のものでないことは明らかである。」 

 このように、複数の解釈が可能、という立場ではなく、論理的に1つしかない、という捉え方をしている。巨大な国家権力を行使してゆく行政府において、憲法適合性の判断に「ブレ」があっては立憲主義を否定しかねない、という緊張感から導き出される思考であると考えられる。

 4 憲法解釈の変更について
 憲法解釈について極めて厳密な立場を取る内閣法制局は、立憲主義を行政部内部から支えるという意味で極めて重要である。そこで、憲法解釈の変更についても極めて慎重な姿勢を取っている。この点に関し、平成8年2月27日衆議院予算委員会において、大森内閣法制局長官(当時)は次のように述べている。

○石井(一)委員「この際、御出席をいただきました大森内閣法制局長官に、個別的自衛権、集団的自衛権に関する憲法解釈の変更はあり得るのか、このことについて御意見を伺いたいと存じます。」

○大森(政)政府委員 憲法解釈の変更はあり得るのかというお尋ねでございますが、憲法を初め法令の解釈と申しますのは、当該法令の規定の文言、趣旨に即しつつ、立案者の意図等も考慮いたしまして、また、議論の積み重ねのあるものについては、全体の整合性を保つことに留意いたしまして論理的に確定すべきものであるというふうに解しているところでございます。私どもも、今までいろいろな憲法問題につきましては、このような態度で対処してきたつもりでございます。
 そこで、政府の憲法解釈等についての見解でございますが、以上申し述べましたような考え方に基づきまして、それぞれ論理的な追求の結果として示されてきたものと考えております。したがいまして、一般論として申しますと、政府がこのような考え方を離れて自由にこれを変更するということができるような性質のものではないというふうに考えております。
 したがいまして、政府がその政策のために従来の憲法解釈を基本的に変更するということは、政府の憲法解釈の権威を著しく失墜させますし、ひいては内閣自体に対する国民の信頼を著しく損なうおそれもある、という観点から見ましても問題があるというふうに考えているところでございます。


上記の大森内閣法制局長官の答弁から、内閣法制局が、憲法解釈を厳格に行い、その論理的一貫性を厳格に追求しているのは、政府の憲法解釈の権威を失墜させ、内閣自体に対する国民の信頼を損なう、という弊害をもたらさないこと、そして同時に、憲法を頂点とする法秩序の維持を図る、という目的のために行っているのであり、内閣法制局自体の権威のために行っているわけではないことが明確に示されている。

 5 内閣法制局の立憲主義を支える役割
 以上のように、内閣法制局は憲法解釈権をもって、憲法を頂点とする法秩序維持を図る重要な役割を担ってきた。
 このような内閣法制局の役割として、昭和54年12月11日、衆議院法務委員会において、味村内閣法制局第一部長(当時)は次のように述べている。

 「憲法に反する政治を行うことは許されないことは当然でございます。したがいまして、仮に内閣において何らかのことを決するという場合におきましては、私ども内閣法制局といたしましては、法律上の意見を内閣に申し上げるという立場から、違憲なことが行われることが絶対にないように、細心の注意を払ってご意見を申し上げておる次第でございまして、決して内閣は憲法に違反致しました行為をして良いということはないわけでございます」

 つまり、内閣において憲法違反が行われないように、細心の注意を払って意見をすることが、内閣法制局のつとめであるとしているのである。
 こうした内閣法制局の姿勢に対しては、「財務省が予算編成権を通じて各省庁を横断的に掌握しているのに対し、内閣法制局は政治部内での憲法の最高有権解釈権者として、『法の支配』を盾に、官僚や政治家が憲法や法律を逸脱しないようににらみを利かせている」(「戦後政治に揺れた憲法九条 第3版」47頁・中村明著)などと指摘されている。
  「にらみを利かせている」という指摘が適切かは別にして、内閣法制局は、憲法解釈権を通じて、我が国の「法の支配」、「立憲主義」、を行政府の中枢で支え、行政府が違憲行為をしないよう、立憲主義を行政内部から実質的に担保する、という重要な機能を担ってきたと言える。
    
by kahajime | 2013-08-24 16:27 | 憲法