行政の情報化と民主主義について

ここでは行政における情報化と民主主義との関係について、個人的な意見を述べてみたい。

 電子政府・電子自治体の発展の到達レベルを図る指標はいくつかあるが、ガートナー(Gartner)社の4段階分類によれば、第1段階はPresence(存在)、第2段階は Interaction(双方向)、 第3段階はransaction(取引処理)、 第4段階はTransformation(変身)である。

 これまで、自治体や政府各機関の情報はHP等によって容易に入手可能となり、また、様々な申請書などをネット上からダウンロードが容易となっている。その点で、第2段階まではほとんどの自治体などでも到達している。
 
 しかし、処理手続きそのものをオンラインで出来るようになるシステムの構築までは必ずしも進んでいるとは言えない。まして、政府組織が住民には「透明」になるというような第4段階にはほど遠い。

 しかし、情報化が導入される以前は、役所などに足を運び、情報公開請求などによって入手する必要があった。ところが、情報化の第1段階がクリアされただけで、わざわざ役所などに足を運ぶことなく、情報の入手が可能となった、という点では、民主政の過程に不可欠な情報開示が実質的に進んだといえ、その点だけでも、情報化が行政分野において大きな役割を果たしてきたといえる。

 住民は当該自治体などの構成員であり、納税の義務を果たすなどしている以上、住民サービスを等しく受ける権利があるはずであるが、現実には、日中の5時までの時間に役所に足を運んで様々な手続きをする、ということが出来る人ばかりではない。

 わざわざ役所などに足を運ぶことなく、行政サービスを受けたりするにあたって、申請書などを容易に入手でき、申し込みなどが出来る、ということは、全ての住民に等しく住民サービスを受ける機会を保障する、という行政の本来的な役割を実効化してきたと言える。その点でも、情報化は行政分野において役割を果たしてきた。
 
 したがって、行政分野での情報化は、情報公開を進め、民主政の手続きを実効化し、さらに、住民サービスを受ける機会を等しく提供していくために、重要な役割を果たしてきたといえる。

 小さい政府志向が言われながらも、現実には今でも行政の役割が拡大している中で、行政分野での情報化は民主政の過程を実効化していく上で、その必要性は今後も高まっていくと考える。 

 ところで、情報化の観点としては、現時点では、基本的に「住民が受益者である」という点に重点が置かれており、受益者である住民へのサービス提供、という視点が強い。

 しかし、情報化の役割と可能性は、本来その限りではないはずである。

 そもそも、住民は民主政の過程において単に受益者ではなく、主権者であり、当事者である。

 主権者である住民の意向をより行政に反映させていく、という観点において、情報化は大きな可能性を持っているはずである。
 
 例えば、クラウドソーシングの活用により、地域の課題を顕在化し、それをプラットフォームに示し、市民の中でシェアしていくことが可能である(先駆的な実践として、アメリカのフィラデルフィアの都市計画委員会による「Textizen」など)。

 行政が作る情報だけでなく、市民生活の中に埋もれている様々な問題を行政が集約し、提供していく、ということにつなげていく。こういったプロセスを通じて、住民自治の機能は高まっていく。
 
 情報化を進めていく先には、「民意」の集約においても、多大な役割を果たしていく可能性は十分ある。
 
 これまでは、「市民参加」は、行政へのアクセスがなかなか困難だった中で,意欲的な市民に限られていたが、スマートフォンなどを活用して簡易に意見集約をすることも可能となり、その結果、「民意」をより簡易に、しかも多数の「民意」を集約していくことが可能となってくる。

 しかし、市民参加の課題とも言えるが、広く集められた「民意」を市政に反映していく、という点では、いくら情報システムが進んだとしても、様々な限界がある。

 まず、最も大きな「障害」となりうるのは「議会」である。

 「多数の民意」の意向と議会の意向が矛盾するような場合には、「民意」は無視され、あるいはそもそもテーマとして取り上げられることすらない。
 
 逆に議会の意向に一致する方向性の課題についてのみ、データが活用され、「民意」が反映される形を取られる、ということになりがちである。
 
 例えば、住民投票に変わる簡易な情報集約ツールが開発されたとしても、そもそも住民投票自体を議会が認めない中では情報を活かしていくことが出来ない。

 もちろん、議会には議論をする、という役割があり、情報集約だけで、直接民主主義的に政策を決定すべきではない、という点からは、議会の機能自体は決して軽視されるべきものではない。

 しかし、議会自体が機能していないと批判されがちな今日では、議会が情報化の障害となってしまう部分も否定できない。
 今後の情報化の課題としては、議会をいかに「民主化」するか、ということも同時に進めていかなければ、情報化の先にあるGartner社が提示するところの第4段階の「行政の透明化」など、実現できないのではないか。

 情報化を進め、「多数の民意」を吸い上げることと、議会の活性化を図る、ということとの双方向が健全でなければ、結局、行政府にとって都合の良い「民意の吸い上げ」になってしまいかねない、という問題意識を、念頭に置いておく必要があるのではないだろうか。

追伸

2106年12月24日の中日新聞で「PKO陸自 日報廃棄」の記事。
情報は主権者である市民のものである、ということが前提であるが、この国の政治家や官僚にはおよそその認識がない。
主権者の情報を安易に廃棄する行政は、ガートナー社の4段階分類の1段階のPresence(存在)すら満たさず、論外であり、民主主義国家の基礎を欠いていると言わざるを得ない。

このようなことは許されない。
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