カテゴリ:保育( 37 )

園庭の南側に15階建ての高層マンションが建てられようとしている、名古屋教会幼稚園の続報です。 

名古屋教会幼稚園は、67年前から今の場所にあり、幼稚園の園庭は小さいけれど、 子どもたちの生活と成長にとってかけがえのない場所です。

2016年3月、真南の土地に高層マンションの建設計画が作られましたが、保護者などの署名活動により計画は頓挫し、会社は撤退しました。

しかし、その後、幼稚園が北側にあるのを承知で プレサンスコーポレーションさんが土地 を購入し、15階建ての高層マンションの建設をしようとしています。

前回、 多くの方たちの運動でマンション建設が中止になり、 せっかく子どもたちの環境を守ることができたのに、再び同じ問題が起こっています。

幼稚園のお母さんたちは言います。

「子どもたちのおひさまを守る活動を通して、 私たちの幼稚園と同じような思いや闘いをしている保育園や養護学校などが、たくさんあることを知りました!そして、 みんなが感じているのは、 子どもたちを守るべきはずの行政や自治体が、具体的に何も動いてくれないことです。」

そして、「幼稚園や保育園・ 養護学校などの教育施設の日照と生活環境を守りる条例を作ろう!」と、さらなる運動に踏みだしました。

キャンペーン「子どもたちにおひさまを!」に、是非ご賛同下さい。


ご支援、よろしくお願いいたします。
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by kahajime | 2017-01-08 07:57 | 保育
「教え子が保育園をクビになりそうです、相談にのってもらえませんか」

 ある大学の教員からの電話があったのは9月末のこと。さっそく翌日、その保育士2人(いずれも男性)に会いました。二人は、3月に大学を卒業したばかりで、愛知県X市の公立保育園(それぞれ別の園)に4月から勤めていました。

 2人が持って来た資料を見て驚きました。
 9月23日付で、「9月30日付けで免職とする」という免職通知書。
 そして、「評価状況」をまとめた書面。
 いわゆる「年中さん」を一人で担任することとなったYくんへの「評価」は、例えば、次のような内容でした。
 「4月25日 一日の流れ、時間、内容を確認し指導するが、子どもに合わせた計画が立てられない」「5月6日、不審者対応訓練。避難方法が分からず、子どもを安全に避難させることが出来なかった」「6月5日 昨日は歯みがき指導日であったが、歯みがきの歌を一度も歌っていない。季節の歌を毎日歌っていくことを話した」
 ほぼ毎日、このような「マイナス評価」ばかりが記載されていました。

 さらに、8月16日には、市役所の「人事課面接」がなされ、そこでは、冒頭、「Yさんは、どんなところが出来ていないと思うか」という質問がなされ、Yくん自身が、自分の出来ていないところを次々挙げさせられました。
 そして、9月以降何度も、「笑顔で子どもと接しているか」「間違いを何度も繰り返さない」などの項目毎に、本人評価と上司評価がなされ、その上で、9月23日付の免職通知につながっていました。

 私はすぐに、息子がお世話になっている名古屋市内の民間のA保育園に連絡し、2人を連れて保育園に行きました。そして前園長にこの内容を見ていただいたところ、「これでクビなら、うちの保育士は、大半がクビだよね」。
 その言葉に、「これは明らかにやり過ぎた」との確信を持ち、すぐに市役所内で人事課長らと面談をすることを申し入れました。
 
 そして、翌日午前10時、X市人事課長や保育の担当者らとの面談。私から、
「最初から出来るはずがないではないですか。指導する側の問題は考えなかったのですか」
「人事課面接も、圧迫面接そのものです。その自覚はないのですか」
「保育園は人の育ちの場であるはず。人のマイナスばかりを探して批判する職場で、良い保育ができっこないではないか」
「若い人の人生を一体何だと思っているのですか。しっかり育てていく覚悟を持たずに採用したのですか」
 など述べ、さらに免職に至るまでの手続きを確認し、手続きの瑕疵を指摘しました。
 そして、市側に再考を迫り、「検討する」との発言を得て、面談を終えました。
 「人事評価」が人を支配し、排除する仕組みとして機能している。それが保育現場でも浸透していることを痛感し、問題だと思いました。
 
 面談後、Yくんは「言いたいことをすべて言ってもらって、ほんとうにスッキリしました。ありがとうございました」と深く頭を下げられました。
 そして、「このまま、この職場にしがみつく価値があるのか、よく考えます」 
 最終的には、2人とも、30日を前に、自ら辞表を出すという判断をしました。
 しかし、たくさん傷つけられながらも、最後にしっかり市側と厳しいやりとりをして、主体的に選んだ選択だと思います。
 
 10月なかば、先に相談に行った息子がお世話になっているA保育園に見学に行かせて戴き、私も同行させていただきました。
 いつもお世話になっている保育園ですが、しっかり見学するのはなかなかないので、僕にとっても良い経験でした。
 そこで、一人ひとりの個性を大事にした保育現場を体感し、そして、園長、前園長、主任、そしてその担任の保育士からの温かい言葉に励まされ、Yくんは、「やっぱり保育をやりたい、保育士にもう一度チャレンジしよう」と決意を固めました。

 12月なかばに、Yくんから、僕もよく知っている民間の保育園の試験を受け、合格しました、という報告が私のところにありました。
 Yくんは、自分自身にも未熟なところがたくさんあることを直視して、良い保育士になれるよう頑張っていきたいです、と笑顔で言っていました。

 弁護士は、紛争の最前線に切り込み、相手と対峙し、本人を守るために力を尽くすことはできても、本人が新たな人生を選び取るところまで力になることは出来ません。
 彼が、自分の新たな道を切り開くことが出来たのは、A保育園の皆さんのおかげです。
 A保育園に心から感謝し、そして、Yくんの今後に期待したいと思います。
 今回の問題は、公立保育園共通の問題として、今後も追及していきます。
  
 
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by kahajime | 2016-12-22 15:21 | 保育
まちづくりと保育園
 まちづくり政策で注目されるアメリカの多くの都市の「成長の管理」政策ですが、その政策の1つとして、リンケージ政策があります。リンケージ政策とは、良好な都市環境に必要なオープンスペース、交通基盤、デイケア、住宅とオフィス発展を結びつける政策で、開発業者に様々な施設の整備か、その対価としての開発課徴金負担を義務づけるものです。
 サンフランシスコでは、保育リンケージ政策がとられており、5万平米フィート以上の新しいオフィスやホテルなどの開発に対して保育施設の設置を義務づけたアメリカ最初の主要都市です。現在シアトルなども同様に政策をとっています。
 複数の開発業者が共同で付近に施設を建設することも可能であり、職場と保育所の近接を可能にしています。
 こうした施設の設立については容積率の増加などの優遇措置もとられているようです。
 オフィスなどが増え、就業人口が増える地域においては保育所のニーズも同時に高まることは避けられません。 
 保育ニーズに対して、公立保育園や認可保育園を拡大していく、ということには費用の面で限界があります。「まちづくり」のプレーヤーという意味では、企業に保育所の設置かそれにみあう費用を拠出させるという考えは、むしろ公平にかなうものですし、企業の社会的責任、という面でも、一定の費用の拠出を求める合理性はあると思います。
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by kahajime | 2013-01-19 16:27 | 保育
12月9日(日)、福岡の福岡市少年科学文化会館で、子ども子育て新システムの話をさせていただきます。

福岡県保育センターというところが主催の「第22回子育て保育のつどい」の講師に呼んでいただきました。

僕の紹介を「つどいニュース」載せてくれています。僕のツイッターをよく読んでくれていて、びっくりしました…。くだらないツイートが多くて、ほんとすみません…。

12月9日は、選挙真っ最中になってしまい、落ち着かない中です。

しかし、選挙の機会をフルに使い、こちらから候補者に積極的に新システムの問題を訴えてゆく運動をしていく必要があると思います。

成立した法律がとても分かりにくいのですが、法律の細かい点の解説ではなく、新システムの本質的な問題点を大きく掴んでいただき、運動にどうつなげていくか、選挙までその時点で一週間で何ができるのか、一緒に考えていきたいと思います。
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by kahajime | 2012-11-26 01:21 | 保育
第1 はじめに
 
 ハーバード白熱授業で日本でも有名になったマイケル・サンデル氏は、「市場の論理が社会の多くの領域に入り込んでいます。こ の30年間『市場社会』とでも呼べる社会になっていて、特に欧州や米国では顕著です」 と述べ、「道徳に関わる領域まで市場の論理が入り込んでいます」(朝日新聞2012年6 月7日)と、現代の「市場社会化」に対して警笛を鳴らしている。
 ここでは、現在国会で議論が行われている「子ども子育て新システム」と市場の論理との関係について検討する。

 
第2 「子ども・子育て新システム」とは
 1 2012年6月末の「3党合意」によって、「子ども子育て新システム」の柱の1つである「総合こども園法」は撤回された。しかし、「保育の市場化」という「子ども・子育て新システム」の本質は変わらぬまま、衆議院を通過し、2012年7月末現在、参議院での議論が始まっている。
 まず、「子ども・子育て新システム」(以下「新システム」)について簡単に俯瞰する。

 2 現在の児童福祉法上では、市町村は、保護者から保育の申し込みがあり、保育の必要がある場合には、「保育所において保育しなければならない」(児童福祉法24条)とされ、市町村に保育の実施責任が課せられている。そのため、公立保育園に対してはもちろん、私立の認可保育所に対しても自治体が必要な補助金を出して保育所の運営を財政的に支えてきた。

 保育料は、親の収入に応じて決められ(応能負担)、同じ自治体なら、公私の差は基本的にない。こうした制度により、親の収入に関わりなく、保育を必要とするすべての子どもが均しく良質な保育を受けられるような仕組みを作り、日本社会全体で子どもを大事に育ててきた。

3 「新システム」ではどうなるか
 これに対し、「新システム」では、児童福祉法24条を変え、市町村の「保育実施責任」を後退させ、自治体から保育園への補助金をなくし、保育を市場に委ねる。
 市町村は保育の必要量を認定し、それを基準に利用料の一部を保育園ではなく親に「現金給付」として支給する。親は、「給付」を足しに、保育園に保育料を払うことになる。 

  しかし、この「現金給付」がどのくらい出るのか、金額も割合も法律では決めない。
 一端決まったとしても基準がないため、常に下げることが可能である。

  保育料の「足し」としての「現金給付」があったとしても、自治体から保育園への補助金がなくなるため、保育所の運営は厳しくなり、親が負担する保育料は確実に上がるだろう。

   「子ども子育て新システム」は、保育を「市場化」するための施策である。

第3 「市場社会化」の一環としての「保育制度改革」
 「子ども子育て新システム」は、市場の論理を保育制度の導入していくものである。
 しかし、本来、「保育」は、非市場的規範の律する領域である。

 こういった非市場的規範領域に市場の論理が拡大されていくことについて、マイケル・サンデル氏は次のように述べている。

  「セックス、出産、育児、教育、健康、刑罰、移民政策、環境保護」などは、非市場的領域であり、本来「道徳の領域」にあるものとし、具体的な例として、保育所の延長保育の事例を挙げている(「それをお金で買いますか」129頁)。

 サンデル氏は、非市場的規範の律する保育の領域に市場の論理が応用された結果、親側の「保育士に迷惑をかけない」という「道徳的義務」が後退し、「保育士にお金を払えばすむ」と親の「規範が変わった」と指摘し、親と保育士との関係が「道具主義的」に変化してしまったと指摘している。

 「市場化」によって、本来私たちのコミュニティーにあった非市場的な規範が後退する現実に対し、サンデル氏は、「非市場的な規範や期待が失われると、われわれが後悔するような(あるいは少なくとも後悔すべき)方向に、活動の性格が変わってしまうだろうか。もしそうだとすれば、われわれは金銭的インセンティブをその活動に取り入れるのを-そこにある程度の利点があるとしても-避けるべきだろうか」(131頁)と私たちに問題を投げかけている。
 

第4 「市場化」で変わる保育現場
 1 サンデル氏は、非市場的領域に市場が参入することで、本来そこにあった規範や期待が失われる可能性を、延長保育の事実を挙げて指摘した。
 ここでは、さらに、「新システム」によってもたらされるであろう保育現場の規範の喪失について、私なりに考えてみたい。

 2 保育所の規範(意識)も変化する
  保育所の規範も変化する危険がある。
  これまでは、少なくとも、公立保育園や、社会福祉法人が経営する認可保育園では、「一人ひとりの子どもを大事に育てる」という規範が支配し、利益を上げるという金銭的インセンティブは少なくとも表面的には存在していなかった。
 しかし、市場化が導入されることで、「より利益を上げる保育園が良い保育園だ」と、価値観が変化する。
 その結果、保育園ではコスト削減が進み、正規職員の解雇と非正規職員の拡大が進む。他方で、保育園は子どもの「詰め込み保育」を進め、利益の最大化を図ろうとするだろう。

 現実に、すでに市場化が導入されている介護保険の分野では、現在、社会福祉法人の内部留保が問題となっているし、また、2006年には、六本木ヒルズに本社を構えていたグッドウィルグループ・コムスンの不正が発覚している。
 
 保育の世界が、「子どもが第一」ではなく、「利益の最大化が第一」と意識に変化していく可能性が十分ある。
  
 その結果、子どもの生命身体に対する危険は一気に増大し、保育園での死亡事故が、増えていく危険性が指摘されている。

 「子どもの命が何よりも大事だ」という「規範」が後退し、市場の論理によって「保育事故を生むような廉価な保育所に入れた親が悪い」という「自己責任」の価値観へと変化していく危険がある。     


第5 スカイボックス社会
 1 アメリカの保育は、親の収入に応じて格差があるのが当たり前となっており、格差が拡大している。廉価の保育所では、給食がハンバーガーなどのファーストフードで、「味が濃いので満腹になりやすい」などを売りにしているところすらある。
 
 少しマシな保育所に入れようとすれば、月額20万円程度の保育料が必要とされているが、実際にそこまで払える親は限られている。

 親の収入に応じた棲み分けが固定化してしまい、格差が世代間に連鎖している。そして、「親が金持ちか否かで保育の質が異なることは当然である」という価値観がアメリカ社会を支配してしまっている。

 2 日本でも格差拡大
 「新システム」の最も重要な「柱」は、保育園へ直接の補助金をなくし、親への「給付」にすることにある。
 保育園は、親からの保育料で園の運営を行っていくことになる。
 その保育料の「足し」として、親に「給付」が支給されることになるが、こういった「現金給付」は、国や自治体の方針でいくらでも下げたり出来る。  
  
 保育園では、保育園の人件費切り下げなども恒常的に行うことにならざるを得なず、親も保育園も、極めて不安定な状態に置かれることになる。その結果、保育園に子どもを入れても、親が保育料の増額に耐えかね、保育園を辞める子どもが増えかねない。

 さらに、これまでは、地域内ではどの保育園でも、親の給料に応じて支払う金額は均一であったが、新システムでは保育料の格差が拡大していく。

 そこで、親の収入によって保育園の「棲み分け」が行われ、低収入の親を持つ子どもが保育園から排除されかねない。

  本来最も保育が必要な子どもが、社会から排除される結果となりかねない。
 
  「すべての子どもは、親の収入に関係なく、等しく慈しまれる、よって、皆等しい質の保育を受けられる」という規範が後退し、「子どもは生まれながらにして親の収入に応じて格差があって当然」という価値観へと変わってゆく。
  格差と貧困の世代間連鎖が固定化し、差別が固定化してゆく。

 3 スカイボックス化
  サンデル氏は、「それをお金で買いますか」283頁~284頁で次のように述べている。

  「お金で買えるものが増えれば増えるほど、異なる職種や階層の人達が互いに出会う機会は減っていく」「格差が広がる時代に、あらゆるものを市場化するとうことは、懐の豊かな人とそうでない人がますますかけ離れた生活を送ることを意味する。われわれは別々の場所で暮らし、働き、買い物をし、遊ぶ。子どもたちは別々の学校に通う。それはアメリカ人の生活のスカイボックス化と呼べるかもしれない。それは民主主義にとってよくないし、満足できる生き方ではない。」
  
 保育の「市場化」を進める「子ども子育て新システム」によれば、生まれたばかりの子どもたちの育ちが「スカイボックス化」し、世代間の格差の連鎖も続くだろう。

 サンデル氏は、さらに「民主主義には完璧な平等が必要なわけではないが、市民が共通の生を分かち合うことが必要なのは間違いない。大事なのは、出自や社会的立場の異なる人達が日常生活を送りながら出会い、ぶつかり合うことだ。なぜなら、それが互いに折り合いをつけ、差異を受け入れることを学ぶ方法だし、共通善を尊ぶようになる方法だからだ。」と述べる。

 保育の現場はまさにそうである。

 さまざまな出自の子ども達と触れあい、喧嘩もしながら毎日の生活を送る。そこで差異の受け入れを学び、人間としての基本的な生き方を身につけていくのが、保育園である。

 生まれたときから、人間を階層化、スカイボックス化をすることは、違う他者を尊重し合う、「個人の尊厳」(憲法13条)を軽視することにもつながる。

 この結果は、サンデル氏が言うように、これは民主主義にとって決して良いことではない。

 サンデル氏は、最後に、「結局のところ市場の問題は、実はわれわれがいかにしてともに生きたいかという問題なのだ。われわれが望むのは、何でも売り物にされる社会だろうか。それとも、市場が称えずお金では買えない道徳的・市民的善というものがあるのだろうか」と問題を私たちに投げかけている。 

第6 今こそ「保育の中身」の議論を
 サンデル氏は、朝日新聞のインタビューで、「政治は中立であるべきだとのロールズの議論に対し、私は道徳に中立な政治は好ましいかと問いました。好ましくもないし、可能でもないというのが結論です。30年後の社会を見通していたわけではありません。しかし道徳に中立であろうとする政治が、今の市場社会をもたらしたなら、当時の私の結論はやはり正しかったと思います」と述べている。
 
 ロールズを初めとするリベラリズムは、功利主義を批判する一方で、政治的中立性の立場に立ち、その結果、本来すべき価値の議論を「棚上げ」してきた。そのために「市場社会」化の流れを食い止められなかった部分は確かにあるのではないか。
 
 保育制度に関していえば、本来、子どもの保育、育ちを、社会全体でどう支え合うのか、その先に、どんな日本の未来を描くのか、そういった議論は不可欠である。

 しかし、こういった「価値」の議論を棚上げしてきてしまった。
 
 この間の「子ども子育て新システム」の作業部会の議論を見る限り、子どもの立場に立った議論はほとんどない(内閣府のHPで見ることが出来る)。

 企業にどうやって「保育業界」に参入させるインセンティブを作るか、という議論と、逆にその歯止めをどうするか、という、まさに「システム」の話に終始してきた。

 私達が、本質の議論を回避してきた結果、私たちはお金の議論しかできなくなり、教育、保育の価値の議論をする力すら、失ってしまったのかもしれない。

 この「ツケ」はあまりにも大きい。

 保育制度に関して言えば、どのように子ども達を社会全体でどう育てていくか、日本社会は今後どんな社会を目指すのか、など、本来すべき議論がある。

 「価値」の議論を「棚上げ」せず、意見の対立を怖がらず、全国民的に正面から議論していくことが、私達には求められているのではないだろうか。

   
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by kahajime | 2012-08-01 01:42 | 保育
子ども子育て新システムはどうなったかについて、数日前のブログの記事に加えて、ちょっとだけ、詳しく書いてみます。

第1 「子ども子育て新システム」と3党合意について

6月末の三党合意で、「総合こども園法」の撤回され、子ども・子育て支援法については修正となりました。待機児童解消に繋がらない「総合こども園」法が撤回された点は、運動の成果です。
  
しかし、新システムの本質は巧妙に残されています。新システムの本質は、保育園への補助金から、親への現金給付化ですが、そこが残っています。

また、児童福祉法も巧妙に修正されています。
 「市町村は、児童福祉法及び子ども・子育て支援法の定めるところにより、保育を必要とする子どもに対して」となっていて、上位法である児童福祉法を、下位の法律の子ども子育て支援法が規定してしまっています。

その結果、「支援法の範囲」に限定した形で、市町村は責任を負う、ということになり、市町村の役割の後退します。

保育園への委託料も、附則に盛り込み、「当分の間」に限っています。

第2 現金給付化の問題

 「現金給付化」についてですが、現行制度では、市町村に保育実施義務があるので、補助金支出義務があります。その結果、親の収入にかかわらず公平な保育料負担となり、同質の保育が受けられます。

しかし、新システムでは、市町村には保育実施義務がなくなり、補助金を保育園に支出しません。
現金給付をするのみです。

その結果、保育実施義務がなくため、自治体に責任が問えません。

親からの保育料(手当含む)という形になるので、使途制限なくなり、保育所では運営の自由になります。
特に企業園など、お金を利益に回すことが可能になり、また、社会福祉法人でも、内部留保の問題不可避です。社会福祉法人の内部留保は介護保険で出ている問題です。

その反面、保育の質の低下にしわ寄せがいく保育所が増える可能性があります。
    
親の負担変わり、短期長期二分になります。延長分は一切補助がなく、全額自己負担となります。

この制度で、財務省、厚生労働省としては、補助金でなくなるので、財政抑制が可能になります。
企業等:保育園側は、儲けようと思えば儲けられます。
    


弊害としては、次のことが考えられます。
    ・本当に保育が必要な子どもを排除する可能性
    ・手厚い保育をしようとしてきた保育園ほど経営困難に。
    ・保育料は上がるだろうし、予測も困難に。年々上がる可能性も大。
    ・コスト削減が進み、詰め込み保育増大の危険。
    ・保育の質が大きく変わる。この日本から「保育」がなくなる危機。
    ・子どもではなく親の収入と仕事の仕方で、子どもが選別される。

この制度の思想的背景には、この10年あまり、日本の福祉行政を支配している社会保障制度の準市場論が強く働いています。新自由主義と結びつく発想です。
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by kahajime | 2012-07-11 17:13 | 保育
消費税増税に併せて進められている「子ども子育て新システム」ですが、6月末の「三党合意」で「総合こども園」が撤回されるなど、大幅に修正されました。

これは、全国の保育園や父母の反対の大きな声が届いた成果です。

 しかし、修正後も、保育園を補助金などで直接支えている今の保育制度を解体してしまうという「新システム」の本質は変わっていません。

 保育園への補助金をなくして親への「現金給付」にすることで、子ども手当同様、いつでも金額を下げることができ、国の「歳出抑制」を容易にします。自治体の保育実施責任も後退させ、仮に保育現場で事故などがあっても、自治体の責任は問われなくなります。

 保育が「市場原理」で運営されることになるため、保育園の経営は不安定になります。 こうした制度は介護保険や障がい者自立支援法ですでに進められてきたものです。そして今、毎年たくさんの事業所がつぶれています。

 子どもたちが安全に毎日を過ごすことが、保育園では何より求められるはずです。

 この前提を足下から否定する「新システム」は絶対に廃案にしないといけません。

 2月に出させてもらった私の拙著「子どもと保育が消えてゆく」は、すでに2刷りとなりました。多くの方に読んでいただきました。国会議員の多くも読んでくれました。

 また、いわさきちひろ美術館から協力いただいて作った「ちひろリーフ」は、あっという間に10万枚が市民に届き、運動のツールとして活用されています。

 こうした運動の力で、新システムをここまで追い込んできたのは間違いありません。

 「大好きな保育園をこわさないで」のHP(http://www.kodomo-hoiku.jp/)をご覧いただき、リーフをご注文いただき、大いに活用いただきたいと思います。

 最後まで諦めず、廃案に追い込むため、お力をお貸し下さい。

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by kahajime | 2012-07-11 00:13 | 保育
民主と自・公との「修正協議」で、「総合こども園」は撤回するとのことでした。

もともと、「新システム」では、当初の予定と異なり、私学助成を受ける幼稚園がそのまま残る道ができたため、「総合こども園」は、保育園の看板を変えることで賄う予定でした。報道でも「2万カ所の幼保一体型施設ができる」と言っていましたが、今保育園は2万カ所あるので、ただ、保育園の看板を「総合こども園」に変えるだけ、というお粗末な「過大広告(ほとんど虚偽広告)」でした。

しかも、「総合こども園」には3歳未満児の受け入れ義務がないとなっていました。

そのため、「総合子ども園」ができても、本質的な「幼保一体化」は実現せず、しかも待機児童解消にもならないと厳しく批判されていました。

ですから、「総合こども園」の撤回は当然です。

しかし、「子ども子育て新システム」の核心は、「総合こども園」ではありません。

保育園への補助金をストップし、親への「給付」(手当)の形に変えてしまう、という点が、新システムの本質です。

この点がどうなるのか、3党合意では、はっきりわからない。

文書を読むと、「給付」へ一本化するとしています。ですから、現金給付にしようとしていると読める。

しかし、24条の自治体の保育実施責任は維持するように言ってみたり、今の私立保育園への委託も維持するように言っています。

論理的に整合が取れるのか、疑問です。

しかし、とにかく、官僚がやり遂げたいのは、「給付」制度への移行です。
「給付額」は法律ができても、具体的に決めませんから、いつでも下げていくことが可能になります。

「子育てにたくさんのお金を出す」と言いながら、数年後には大幅な支出抑制をし、その結果保育園がつぶれていく危険があります。
また、「保育」の質が変質し、社会福祉法人でも、内部留保が増え、また、詰め込み保育が増える危険があります。子どもの安全が犠牲になりかねません。

事業者がたくさんつぶれていく事態は、現に、介護保険の分野で起こっていることです。このことは拙著「子どもと保育が消えてゆく」でも書かせていただいています。

だから、僕は新システムに反対なのです。
そして、いつでも「財政抑制」が可能、だから、官僚は「現金給付」にこだわるのです。

今回、「総合こども園」をあっさり棄てたのは官僚です。
ここが獲得目標ではなかったからです。

しかし、「現金給付」だけは残したいと、先週、自公の議員にかなり説得していたようです。
3党合意も、結局官僚が描いたストーリーに乗っているだけではないかと思います。

しかし、とにかく、24条の改正をさせない。
認定保育園の枠の中に、現金給付を押し込む。
既存の保育園を財政的に支え、拡充する方向については、現行制度を壊さない。

ここをまず押さえされることが大事です。

なお、まだ、新システムの賛否を、企業参入の議論と混同している人が少なくないと思います。このことは、新システムが理解しにくいのだということを物語っています。

僕は、「新システム」をほとんどの人が正しく理解できていない、そんな状況の下で、「法律を読めて作れる官僚」が描いた法案がすーっと通っていくことが、とても問題だと思います。

国民がよく分からないまま、そして、3党合意でますます分からなくなったまま、「現金給付」に変えるという「新システム」の核心だけは実現されようとしている。

「総合こども園」が撤回されたから良かった、と手綱を緩めてはいけません。
日本の官僚は、きわめて優秀で、したたかです。

獲得したい、「現金給付」制度の獲得に全力を挙げています。

先週は、永田町に行って、何人か議員や秘書の方にお会いしてきました。
民主党の細川律夫さんなど、本当は、新システムの問題をよく分かっているはずです。
自民の田村さん、公明の高木さんもよく分かっているはずです。
こういった方達が、官僚に押し込まれないよう、最後まで支援していかないといけないと思います。

3党合意が急いで作られた以上、矛盾はかなりあります。

そして、大きな修正になっていることは間違いありません。

ですから、矛盾なく法律を作り替えるには、相応の時間が必要です。

法律の審議をする法律がない以上、ただ、「提出した法律をこう修正します」というだけで、法律の可決をすることは許されません。

いったんすべてを取り下げ、提出し直すべきです。

保育園を守りたい、子どもたちの安全な成長を守りたい、と願う、全国のお父さん、お母さん、保育士さんの声が、最後は国政を動かします。

最後まで、たとえば、「ちひろリーフ」を広げ、また、地元議員に送るとか、修正協議担当の議員や保育政策のキーになる各党の議員の地元の事務所に要請に行ったり、ファックスなどで支援をしたり、ということを、全力でやり遂げましょう。

押し返しているのは間違いないのです。

あと一歩。

頑張りましょう。

子どもたちのために。
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by kahajime | 2012-06-18 01:08 | 保育
ちひろリーフが好評です。

5月14日に配り始めて、わずか1週間で、90000枚、全国に注文・発送致しました。

印刷した10万枚がなくなりそうです。予想外の速さと反響に驚いています。
全国の保育園や、お父さんお母さんから問い合わせいただいています。

子ども子育て新システムの問題がマスコミでも取り上げられるようになってきていますが、より多くの方に知っていただくツールとして、大いに活用いただいています。

当初、20枚、とか小口もあったのですが、発想の手間や、周りに広げていただくという趣旨から、100枚単位で注文いただくことにしました。

また、一枚いくら、という形で売っているわけではありませんが、実費相当分として、一枚10円を目安にカンパをお願いしています。100枚であれば、1000円をお願いしています。

是非、ちひろリーフをご活用下さい。

http://www.kodomo-hoiku.jp/order_form.html
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by kahajime | 2012-05-27 23:55 | 保育
新システムの問題について議論している際に、賛成している方も、反対している方も、企業参入の話と混同して議論されている方が少なくありません。

しかし、企業参入の話と、新システムの話とは別次元です。

僕のブックレット「子どもと保育が消えてゆく」の38頁で次のように書かせていただきました。

「現在、介護保険の分野で、社会福祉法人の内部留保が問題となっています。人件費など、使い道が定まっている施設への「補助金」と異なり、利用者からの利用料という形になると、お金の使い道は施設の自由です。ですから、社会福祉法人がお金を貯め込むということも生じてしまいます。

これは保育でも同じです。新システムになり、施設への「補助金」から、親からの保育料+こども園給付へと変われば、使途に制限がありませんから、企業はコスト削減をして儲けようとしますし、社会福祉法人の中にも、コストを削減して内部留保をしたり、園長や理事への配当を高くするような法人がでてくることは十分考えられます。

他方で、手厚く保育をしていこうという保育園は、そのままでは保育園を維持できないでしょう。」

 ★ ★ ★ ★

新システムの問題は、単純に「社会福祉法人は良くて企業はダメ」などということではなくて、社会福祉法人そのものが変質し、保育の質が低下していく危険性があるという点にあると思っています。

新システムは、介護保険制度を参考にしているのですから、社会福祉法人の内部留保と労働条件の悪化、という、介護保険の分野で起こっている問題が、保育の分野でも起こることは必至です。

社会福祉法人の内部留保を拡大してしまうことがあれば、それこそ、「既得権保護」そのものではないでしょうか。

新システム推進の人は、新システム反対の人間を「既得権者」と批判します。

しかし、僕は、新システムで、ますます一部の社会福祉法人の利権を拡大し、むしろ「既得権が肥大化」していくことを心配しています。

現時点で、すでに複数の保育団体が新システムに賛成していることからすれば、「既得権の肥大化」という事態が起こるという懸念は、あながち間違いではないのではないでしょうか。

新システムになり、社会福祉法人が変質し、保育の質が低下する中で、社会福祉法人の保育園での保育事故が増えるのではないかと大変心配しています。
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by kahajime | 2012-05-16 01:10 | 保育