カテゴリ:一人一票( 10 )

「一票の格差」の裁判で、各地で違憲判決が出され、そのうち2つは、無効判決まで出された。

未だかつてない事態である。

国会の怠慢をもはや司法も放置できないと重い腰を上げざるをえなかった、ということだ。

この判決に対して、国会ではゼロ増5減などで誤魔化そうとしているが、これでは1票の格差は根本的に是正されない。

また、民主などは、「もっと身を削れ」などと主張している。

しかし、これらの判決は、「一票の格差を是正しろ」と言っているのであり、「議員定数を減らせ」とは一言も言っていない。

「身を削る」という主張は、悪質な議論のすり替えである。

しかも「削る」中心は比例であり、言っている自身達の「身」は守った上で、人の「身」を削れ、ということにすぎず、結局矛先を他にずらそうとしていると言うほかない。

こういった国会議員達の姿勢自体が問題なのだ。


私達升永グループは、現在の選挙制度は、「国民主権」ではなく、「国会議員主権」だ批判してきた。

今こそ一人一票を実現し、国民主権国家を実現するために、根本的に選挙制度を改革すべき時だ。
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3月25日、一票の格差訴訟で、広島高裁(筏津裁判長)は、去年の衆議院選挙を違憲とし、さらに戦後初めて、「選挙無効」の判決を出しました。

26日にも広島高裁岡山支部で、違憲無効判決が続いて出されました。

合計6人の高裁の裁判官が、「違憲無効」と判断したという事実は重いものです。

3年余り前の衆議院選挙から、僕ら升永弁護士グループは違憲訴訟を起こし、それ以前からずっと続けてこられた弁護士のグループとは別の裁判を作ってきました。

従来は、「議員定数不均衡訴訟」と言われ、「議員定数」の「不均衡」の問題とされてきました。

しかし、私達は、この問題は、「議員定数」の問題ではなく、主権者の「一票の価値」の問題だ、ということを前面に出し、当初、マスコミが「議員定数不均衡訴訟」と報ずるたびに「議員定数不均衡訴訟ではない、一票の格差訴訟だ」と指摘してきました。しばらくして、マスコミも「一票の格差」という表現を使うようになり、最近定着してきました。

また、これまでは、「2倍、3倍」という「倍数」で表現されてきたのですが、私達は、「0,3票」「0.5票」という表現を意識的に用い、「自分の選挙権は0.3票しかないのか」などと「一票の格差が生じている」という本質を伝えるようにしてきました。

さらに、「平等権侵害」という組み立てではなく、「民主主義社会の統治のガバナンスの問題」と位置づけました。従来、「平等権侵害」と訴えてきたために、「ある程度の格差があっても、それが相対的平等といえるなら、違憲ではない」とされ、違憲判断が回避されてきた、という経緯があります。

そこで「一人一票」は、議会制民主主義社会の基本だという「統治の問題」から、厳密な一人一票が必要だ、という主張を展開してきました。

こういった主張を柱に、3年余り前の衆議院選挙の時から、僕ら升永グループ(当初は数名しか弁護士がいませんでしたが)は裁判を起こしてきました。

3年余り前の選挙に対する裁判では、2011年3月に最高裁が違憲状態の判決を下しています。

しかし、その後、時間的猶予がかなりあったにもかかわらず、国会は選挙区割りを是正せず、最高裁の判断を軽視してきました。

国会議員は、いったん選挙に受かってしまえば、次も同じ選挙区で受かりたい、という「利益」が生じます。そのため、区割りの是正は進んできませんでした。

こうした背景には、「どうせ裁判所は無効判決など出さない」という司法を舐めた発想が国会議員にはあったのだと思います。

そして、去年12月の選挙は、最高裁が「違憲状態を正せ」と指摘してからかなりの時間があったのに、是正しないまま選挙が行われたわけです。

これは、国会全体の怠慢、であり、かつ、主権者である国民の一人一票の価値を軽視し、そして司法を軽視した対応だと司法が受け止めるのは当然です。

私達は、「今の選挙は、主権者のための選挙ではなく、国会議員のための選挙になっている」と指摘し、利害関係人本人である国会議員自身が、選挙区割りを正せないのであれば、司法が正すほかない、と訴えてきました。

今回、3月25日に広島高裁、良く26日に広島高裁岡山支部で、違憲無効判決が出た、ということは、一人一票を軽視してきた国会への厳しい審判でありますが、当然の審判であると思います。

国会が主権者の一票の格差を正さず、憲法違反についても軽視し、司法を軽視している以上、裁判所はもはや国会に遠慮することなく、正面からすべきことをするほかありません。

広島高裁の判決文は、極めてオーソドックスで、当たり前の判決です。

裁判長の筏津さんは、以前名古屋にいましたが、その時も普通の裁判官、という印象でした。

今回2回違憲無効判決が続きましたが、「普通の裁判官」6名が、司法に与えられた役割を粛々と果たした、ということだと思います。

国会は、選挙区割りを速やかに正すとともに、主権者の一人一票が正しく反映される選挙制度を根本的に作り直していくべき時ではないか、と思います。

「身を削る」などと言って、国会は比例削減とか、国会議員の定数の大幅削減をしようとしていますが、それは「一人一票」の実現からは逆行するものです。

国会は、議論のすり替えをせず、正面から、一人一票の実現に向け、主権者である国民のための選挙区割りの実施と選挙制度改革をしていくことを強く求めます。
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「違憲状態」のまま実施される衆院選は違憲だとして、「弁護士グループ」が国を相手に、選挙の仮の差し止めを求めたことについて、東京地裁は21日「法律の規定がなく、訴訟自体が不適法」として却下する決定をした、とのことです。

誤解がありますが、この仮処分をした「弁護士グループ」と、我々、升永グループとは別です。

私たちは、正面から、違憲無効を訴え、引き続き、裁判で勝つ闘いをしていきます。

そして、今回は違憲無効まで目指します。

ただ、司法判断は、高裁、最高裁と続くので、残念ながら時間がかかります。

最高裁判断までどんなに早くとも、来年の9月以降になってしまいます。

それでも、その間、司法の場で本気の戦いを行っていくことで、立法府にプレッシャーを与えることになります。
そして、本気で選挙区割りのみ成らず、抜本的な選挙制度の是正を実現させるよう、迫っていきます。
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一票の格差を是正する機会が十二分にあったにもかかわらず、結局是正されないまま、総選挙となりました。

国会議員は、自分が次の選挙でも当選することがとにかく大事ですので、選挙区割を変更することはとにかく避けたいのでしょう。議員という点では一番の利害関係者ですから、選挙区割りも、自分たちの利益のためにつくられがちで、そのために有権者の一票の格差が蔑ろにされてきました。

国民のため、有権者のための選挙ではなく、議員(特に現職)のための選挙が続けられてきたと言えます。

しかし、この間、状勢は一気に変わりました。

我々、升永、久保利、伊藤真グループが、一人一票違憲訴訟を開始し、それまでの「議員定数不均衡訴訟」という誤った題名の裁判から決別し、「一票の格差」という真実を訴えてきた結果が、最高裁を動かしました。

今やマスコミも、「議員定数不均衡」などとはいわず、「一票の格差」としっかり報道されるようになりました。

これは、この3年くらいの私達の裁判の成果だと思っています。

しかし、今の報道を見ると、議員や立候補予定者は、あいかわらず自己保身しか頭にないようで、あっちにいったりこっちにいったり、政党を作ったり合流したりなどしています。

いつまでも、自己保身のことしか考えない国会議員ばかりの政治を続けていてはいけないと思います。

議員自らが、国民の一人一票を蔑ろにし、いつまでも選挙区割りをただせないのであれば、裁判所が無効を宣言するしかありません。
議員達に、何のための選挙か、誰のための選挙か、目を覚まさせる必要があるのではないでしょうか。

民意が国会で正しく反されない状況は、民主主義の前提を欠いていると言わざるを得ません。

今回は、選挙の違憲無効を最高裁が宣言する可能性も十分あります(ただ、時間がかかる可能性もあります)。

12月17日に全国の高等裁判所(この訴訟は一審が高裁です)で提訴する予定で、準備を開始しました。

僕は升永先生が最高裁裁判官の国民審査を始めたときからご一緒させていただき、裁判も最高裁大法廷を含め一緒に闘ってきました。

今回は、勝負をかけます。

個人的には、小選挙時制度自体に問題があると思っており、選挙区割りだけでなく、選挙制度自体を根本的に正すべき時だと思っています。
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3月23日に、一人一票の最高裁判決がありましたが、内容的には、歴史を前進させる気概の感じられない中途半端な「違憲状態判決」でした。

しかも、明確に一人一票のことを言ってもいない。これまでの各地の高裁判決と比べても、一歩も二歩も遅れている、という印象をぬぐえません。

もちろん、国会に対しての影響力は大きいですから、これを機に、すみやかに選挙区割りや選挙制度改革が実現されることを望みます。

ただし、最高裁が中途半端な判決をだしたことで、中途半端な選挙区割りをしてお茶を濁される可能性が十分あります。

かりに、どんな選挙区割りがなされたとしても、今回の最高裁判決で、「一人一票」の実現をしっかり明示しなかった裁判官に対しては、最高裁裁判官としての役割を果たさなかった、と言わざるを得ません。

今回のお茶を濁す判決のために、一票の格差が大きくなってきたときだけ、お茶を濁す程度に選挙区割りを是正していく、ということを許してしまうことにつながりかねません。

一人一票をしっかり実現させていくためには、次の国民審査で、今回「お茶を濁す」判決を書いた最高裁裁判官に「×」をつけることが大事です。

主権者が一人一票を軽視した裁判官に「×」をつけることで、一人一票を勝ち取り、民主主義を自分のものにしていくことにつながると思います。

これからが民主主義を掴み取るための本当の勝負だと思っています。

☆「一人一票に賛成でない6判事」(千葉、 横田、大谷、岡部、白木、寺田の6判事)

http://www.ippyo.org/index.html
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先日最高裁の大法廷弁論に行ってきたばかりですが、判決言い渡し期日が決まりました。

3月23日午後3時、です。

思いの外早い印象です。

衆議院選挙解散の可能性が指摘される中、どういった意図でこの時期に指定してきたのか、いろいろ考えることが可能ですが、考えても仕方ありません。

結論はともかく、裁判官の判断を私たちが判断できるように、各裁判官が自分の頭で真摯に意見を書き記すことだけを期待しています。
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2月24日、名古屋高裁民事4部(渡部裁判長)の判決がありました。

論旨としては合理的期間論を展開して、正面から「違憲」とはいえないとしたものの、憲法の想定している事態とは言い難いとし、早急な立法措置を求める違憲状態判決でした。

しかし、これほど違憲判決が出ている中で、腰砕けな判決。去年の衆議院選挙に対して、「一人一票」の原則を高らかに謳って違憲判決を正面から出した高裁民事3部と比べ、はるかに格下の裁判体であることを露呈した感じです。

名古屋高裁民事4部のように、裁判所の使命を自覚できない裁判官がこれまでのフツウの裁判官です。

逆に今回、これだけ違憲判決やより明確な違憲状態判決が続くということのすごさを際だたせた、という引き立て役の役割は果たしたと言えるかもしれません。

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一人一票実現にとても心強い助っ人登場!

ONE for ONE ~#ippyoの歌~サンプラザ中野くんwith向谷倶楽部

フツウにとっても良い曲です。爆風スランプのサンプラザ中野さんが作ってくれました。
今、かなり売れています。

itunes などで是非お求め下さい。

http://itunes.apple.com/jp/album/id421742925

サンプラザ中野さんとご一緒に写真を撮っていただきました。

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2月23日、一人一票の裁判(2009年の衆院選に対する裁判)の最高裁大法廷の弁論があり、代理人として出頭してきました。

当日は、12時に最高裁近くの三宅坂公園に集合し、最高裁の正門まで行進。そこでは、元ヤクルトの古田さん達もご一緒しました(古田さんの後ろにうつむいて写っているのが僕です)。

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そして、最高裁正門(皇居に面しているところ)からは、代理人と原告のみが入ることが許され、代理人の一人として、升永弁護士、久保利弁護士、伊藤真弁護士らとともに正門から最高裁の頑強な建物の中に正面から入場しました(最高裁の入り口の階段には多くのマスコミが待ちかまえていて、カメラを回していました)。

その後、約1時間ほど、上告人待合室で控えていました。升永先生。久保利先生、伊藤先生は、事前にペーパーを用意されていましたが、最後まで法廷で何を話すのか真剣に考えていらっしゃいました。

1時15分、最高裁大法廷に。

大法廷は、予想以上に大きい法廷でした。法廷、というよりは、大きな会議場、という感じでしょうか。傍聴席も160席以上ありました。

代理人席は15人の裁判官席から見て、ハの字の形で配置されていて、それぞれ裁判官から見て右が上告人代理人席、左が被上告人代理人席となっていました。
机もしっかりしていて、椅子も重く、椅子を動かすのに相応の力がいりました。

それぞれ、5人×2列の10人のみ、代理人席が用意されていて、僕は升永、久保利、伊藤真とと並ぶ1列目の後ろの2列目、久保利先生の真後ろに座らせていただきました(事前に座る位置も決まっていて、升永先生がお決めになったようです)。

15人の裁判官の壇は、思ったほど高くなく、しかし、横に長いために威圧感は十分でした。
書記官は二人座っていました。

名古屋から連れてきた僕の修習生も、幸い抽選に当たり、傍聴することが出来ました。

1時半になり、厳粛な空気が流れる中、大法廷の大きな扉が開きました。

そして、竹崎裁判長以下、15人の裁判官が順に法廷に入って順次着席をしていきました。

この司法の最高権力を行使する、15人がそろいました。権力闘争を勝ち抜いてきた、一種のオーラを感じました。

全員が着席すると、カメラ撮影の時間となり、張り詰めた時間が過ぎました。

カメラ撮りが終わり、竹崎裁判長の合図によて、事務官が事件番号を読み上げます。事務官も遠くに見えました。

そして、竹崎さんから、上告理由書、答弁書についての陳述の確認があり、双方上告であったため、上告理由書、答弁書のそれぞれの「陳述」をしました(上告理由書の通りで結構ですか、と聞かれ、さようです、とこたえて終わりです)。

その後、竹崎さんから「意見を伺います」ということで、いよいよ、升永、久保利、伊藤真3氏による弁論が始まりました。

合計70分も確保されていました。

最初、升永弁護士から、本件の原理原則を徹底的に追及する弁論が行われました。

竹崎裁判長は、一切目をそらすことなく、冷酷なまでの鋭い視線を升永弁護士に向けていました。
どういった感情で聞いているのか、感情があるのか、ないのか、あるいはそもそも聞いているのかいないのかすら分からない冷徹な表情でしたが、これほどまでに真剣に代理人の訴えを最初から最後まで目をそらさない裁判官は初めてでした。

升永弁護士の後は久保利弁護士。
自身が東大時代に芦部先生に教わり、そこで「2倍を超えたら違憲、というが、2倍を超えなければいい理由がどうしても腑に落ちなかった」という疑問をずっと抱えてきた、ということから始まり、会社のガバナンスに照らした、オリジナリティ溢れる主張をされました。そして、最後に「国会と違って民主主義の基盤がないために立法府に遠慮をする、というとらえ方があるが間違っている。最高裁の裁判官は国民審査を受ける形で、国民からの審判を受けている。最高裁は国民とともにある」などと訴えられました。

そして、伊藤真弁護士。人格権、というところに落とし、0.5人前で許されるはずがない、などと説得的に訴えられました。司法試験の講義を聴いているようで、大変説得的な話をされました。最後に、裁判官の説明責任を訴えられ、説明の内容によって国民審査で国民がその裁判官を辞めさせるのだ、という趣旨の話をされました。

3氏とも、事前に用意してきたペーパーとは異なるアドリブをふんだんに織り込み、ご自身の生々しい感情と理性を全力で法廷で示されました。

大変感動し、また、これほど勉強になったことはありませんでした。

その後、国側の主張があり、事件は結審、判決の指定は「追って指定」ということで、閉廷し、15人の裁判長が退廷されていきました。

ところで、今回、普通あり得ないことがありました。

普通は、これで終わりです。でも、誰一人帰りませんでした。なぜか。

実は、高松の選挙管理委員会の委員長が、竹崎裁判長のお兄さんで、高松高裁の事件についてだけ、竹崎裁判長は回避されました。

ですので、高松の事件だけ、14人の裁判官で別途審理する必要が生じたのです。

次の法廷では、裁判官の配置が全部変わるため、10分近くの休憩の間、各裁判官担当の書記官(?)が壇上に上がり、六法の場所を移していました(先ほどの審理の間、六法に触った裁判官は一人もいなかったので、六法の位置を変える必要すらホントにあるのか疑問ではありましたが)。

休憩が終わり、那須裁判官が裁判長として咳に着席され、シャッフルされた位置に先ほどの裁判官が着席しました。もちろん、竹崎さんだけいません。

事件番号の読み上げがあり、那須さんが開廷を告げたのち、「先ほど伺った内容と同じということでよろしいでしょうか」と確認がなされて、すぐに結審となり、同じく「判決言い渡しは追って指定」とされました。

最高裁が、果たしてどのような判決を出すのかは分かりませんが、衆議院選挙に関する裁判では、違憲判決及び違憲状態判決を7件、合憲はわずか2件、という勝利を収めて最高裁に勝ち登っています。

最高裁には、一人一票の価値を正面から向き合い、どのような判決を下すにせよ、説明責任を果たす自覚を持って国民に分かるような説明をしてもらいたいと思います。

その意見を踏まえ、私たちは来るべき国民審査で、意思を表明していきたい、一人一票を軽視する裁判官には、退場願いたい、そういう過程を経て、本当の民主主義を掴み取っていきたいと考えています。

私たちは、最高裁に「良い判決をお願いしている」などとは思っていません。

一人一票は、私たち主権者が勝ち取るものだ、と考えています。

最高裁の大法廷も、最高裁の判決も、その一手段、一通過点に過ぎません。
仮に形式的には違憲判決であっても、その内容が不十分な判決であれば、国民審査で意思を表明し、裁判官をクビにしていく、そのことも含めて、私たちは民主主義を自らの手にすることができると考えています。

大事なのは、最高裁に違憲判決を書かせる、という程度の問題ではなく、私たちが一人一票の実現を勝ち取る過程において、民主主義を自分の物にしていく、ということが最も大事なことなのだと考えています。

一人一票実現の運動を、一人でも多くの人たちと一緒にしていきたいと思っています。

一人一票の実現に右も左も、上も下もありません。

既存の国会議員のための選挙から、主権者のための選挙の実現と、私たちが民主主義を掴み取る、そのことのために、頑張っていきたいと思っています。
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一人一票、まだまだ問題は残りつつも、しかし、山は確実に動いています。

朝日新聞「参院比例区9ブロック分割案を提示 格差解消へ西岡議長」

http://bit.ly/hzVAjh

ただし、升永弁護士は、今日の電話で「本当に民主主義を国民が勝ち取っていく、掴み取っていく、その血の滲む過程を経る、という点では、逆にあまりにもできすぎてしまっている。これでは多くの国民にとって、民主主義がまた『棚ぼた』になってしまう」と苦慮されていた。

升永弁護士は、目先の裁判とか、最高裁とか、小さいことにこだわっていない。
民主主義を国民一人一人が掴み取る過程こそ大事だという民主主義の本質を、確実につかんでいらっしゃる。

升永弁護士と出会って1年半。この人は、本物だ、と今日改めて思った。


もっとも、西岡案はそのまま通らないでしょうから、まだまだ「産みの苦しみ」は幸いにも続く。

その産みの苦しみの過程を多くの国民が享有することで初めて、民主主義を国民が勝ち取ったことになる。

升永弁護士は、ここまで見て運動をしてきたのだ。
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