カテゴリ:憲法( 30 )

第1 憲法とは何か
 憲法とはそもそも何か。もちろん、国家の根本法である、ということは言うまでもありませんが、憲法の重要な機能として、「国家権力を縛る安全装置」という点があります。憲法で権力を縛ることは「立憲主義」と呼ばれています。

 もともと、国王に好き放題させない、というところから発展してきたものですが、国民主権になり、民主主義の政治システムを取る欧米各国は、今も「立憲主義」をとり続けています。それは、議会制民主主義の下で「多数者」によって信任された政府であっても、権力は時に暴走し、特に少数者の人権を踏みにじる危険性が常にある、という教訓に基づいています。

 むしろ、政府が多数の国民に熱狂的に支持されているときほど、少数者は切り捨てられ、人権が踏みにじられることがあります。民主主義システムの下での「立憲主義」を「立憲主義的民主主義」といって、多数者であれば何を決めても良いという意味での「多数者支配民主主義」と対比されます。現在、少なくとも欧米諸国は「立憲主義的民主主義」を採用しています。

 日本国憲法下の日本も「立憲主義的民主主義」の国です。

第2 立憲主義の国ではなくなる
 しかし、自民党の新憲法草案を見てみると、国益や秩序を明確に人権よりも上に位置づけます。これでは、結局秩序維持のために大事だとして作られた法律や政策は、常に人権よりも優先されますから、権力を縛る、という憲法の機能はなくなってしまいます。

 逆に、国民に対する義務規定がたくさん入ってきます。これは、立憲主義を理解していないという点で、絶望的です。

 まず、民法も刑法などは誰に向けられているかと言えば、私達市民です。国会や政府などの「権力」が、国民に向けて「守れ」とするものです。
 これに対して、憲法は、主権者である国民が、権力に対して「ここまでは権力の行使はしても良いが、これ以上はダメ」という「枠」をはめる、というもので、国民から権力に向けて「守れ」とするものです。
 憲法と他の法律とは、命令する側とされる側が真逆になっている、というところが大事なのです。
 だから、憲法の命令を受けて、憲法を尊重する義務を負うのは権力を行使する地位の人達ですから、憲法99条では、天皇や大臣などの公務員には憲法尊重擁護義務が課されているのです。しかし、「国民」は命令をする側であって、義務を負う側ではありません。ですから、憲法尊重擁護義務を定めた99条には「国民」が入っていないのです。
 自民党の「草案」は、憲法の矛先が権力から国民へと180度転換し、憲法を国民を支配統治するための道具にしてしまいます。

 もしこの憲法が日本の憲法になってしまえば、日本は「立憲民主主義国家」とはいえなくなります。

第3 96条改憲について
 96条は、改憲の発議について、両院議員の3分の2以上の賛成を要件としています。
 普通法律は、「過半数」という「単純多数」によって決してゆきますが、憲法はその「多数」をも縛るという「立憲主義」に意味があるのですから、憲法改正の手続きを厳しくし、国会の「単純多数」では変えられないようにしているのです。
 96条改憲を言う人達は、日本の改憲手続きが厳しいと言っていますが、アメリカやドイツは日本より改憲手続きは厳しいです。

 この96条を改正して「過半数」に緩めてしまえば、たとえ国民投票が必要だとしても、単なる「多数者支配民主主義」になってしまい、日本はこの時点で「立憲民主主義国家」とは言えなくなってしまいます。


第4 国防軍について
 自民党草案では、国防軍の創出が規定されています。自民党は、「今でも自衛隊等軍隊があるのだから、実体を合わせるだけだ」「どの国だって国防軍がある」「普通の国へ」と言っていますが、全く違います。
 この「国防軍」は、上記の自民党の新憲法草案の中にあることをしっかり見る必要があります。

 つまり、他の諸国と異なり、権力を縛る「憲法」がなくなり、「立憲主義」を放棄してしまった上で、国民に義務を課し、統治する。その手段として「国防軍」を位置づけるのです。そうなると、国防軍という名の、国民を統治し弾圧する強大な軍隊が我が国に出現することになります。
 これは単に「自衛隊」を「国防軍」に名称を変えるだけの話では全くありません。
 行き着く先は、物言えぬ監視社会、軍事国家に他なりません。 
  
 

第5 アメリカの先兵として
 さらに、我が国には、現実に他国と違う特徴があります。それは日米安保の存在です。
 北沢元防衛大臣が「憲法九条があったからアメリカの過度な要求を拒めた」と言っていますが、まさにアメリカの軍事的な要求に対する防波堤の役割を果たし、国民をアメリカの戦争から守ってきたのが憲法9条だったといえます。イラク戦争では、憲法九条があったが故に、正面からの軍事攻撃への参加を拒むことが出来ました。
 イラク戦争で膨大な費用をかけたアメリカは現在、10年間で50兆円の軍事費の削減を進めています。しかし世界戦略はそのままです。そこで「同盟国」である日本に軍事力の肩代わりを求め、集団的自衛権の行使が可能になるようにと強い働きかけをしています。
 アメリカの「押しつけ憲法」を言いながら、現在のアメリカの「押しつけ憲法改正」に屈服してしているのが現状です。
 もし、今後9条が変えられてしまえば、日本はアメリカの世界戦略に深く組み込まれ、アメリカの戦争の先兵としての役割を担ってゆくことを強いられるでしょう。
 イラク戦争は、アメリカの「先制的自衛権行使」に対して、イギリスは「集団的自衛権」を理由に参戦し、179名もの若者が命を落としています。米兵は4400人を超え、イラクの市民の犠牲者数は65万人とも言われています。
 このようなアメリカの戦争に、将来にわたってずっと付き従う国になるのかどうかの瀬戸際です。


第6 スケジュール
 安倍政権は、目的は明確に憲法九条改憲ですが、改憲までも待てない、ということで、9条を下位の法律で実質的に変えてしまおうとしています。
 その法律の名前は、「国家安全保障基本法」といって、集団的自衛権を認めるなど、憲法九条を完全に骨抜きにする内容です。
 自民党は党内での激しい議論の末、2012年7月に自民党内の手続きを終え、法案として提出が可能な状況になっています。
 しかも、集団的自衛権行使を認めない内閣法制局を回避するために、「議員立法」によって国会に提出し、数の力で法律を成立させ、内閣法制局の憲法解釈を変えさせようとしています。
 これ自体、憲法の縛りを否定する、という意味で立憲主義の否定です。数の力で憲法を破壊する。権力の縛りを受けている政権与党自らの手によって立憲主義が破壊されようとしています。
 さらに、その後、96条改憲を経て(この問題は上述したとおりです)、9条改憲に進む、という段取りです。


第7 立憲主義の破壊に抗う
 自民党執行部は、本気で「改憲」を進めようとしています。
 私達も、本気で立ち向かわねばなりません。
 自民党が進める新憲法草案は、まさに権力者自らへの縛りを取り払い、憲法を国民を締め付ける道具へと180度転換してしまうという憲法破壊に他なりません。
 その問題をしっかりつかまえ、草案の問題を大きくつかまえ、広げることが大事です。
 幸い、私達には、今の憲法があります。
 憲法を武器に、正面から立憲主義の破壊に抗っていきたいと思っています。
 

 
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by kahajime | 2013-04-22 00:21 | 憲法
告知をしていませんでしたが、今日、3月2日、マガジン9さんの主催で、東京のカタログハウス(「通販生活」の会社)ビルにて、午後2時から(開場は一時半)、東京新聞の半田滋さん、JIM-NETの佐藤真紀さんと僕の3人の企画があります。

日本はついに平和国家の看板を下ろすのか。

http://www.magazine9.jp/

安倍政権が前のめりになって進める憲法改正や国家安全保障基本法のことなど、アジア状勢を踏まえ、また、イラク戦争を振り返りながら、議論を進めたいと思います。

当日参加も可能です。
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by kahajime | 2013-03-02 01:58 | 憲法
先日、「違憲訴訟を起こす、ということ」ということで、少し長めに書かせていただきました。

かなり厳しく書きましたが、実際には僕も、厳しいのを覚悟の上で違憲訴訟を起こしてきたので、「違憲訴訟をするな」というつもりで書いたわけではありません。「安易に違憲訴訟をするな」ということを言いたかっただけです。

僕自身が、イラク訴訟を提訴した直後(2004年)に、どんなことを話していたのか、形にしてくれているものがありますので、下記に引用させていただきます。当時、「川口パンフ」という形で、違憲訴訟を検討していた市民の皆さんや弁護士の皆さんにも多く読んでいただきました。

http://www.geocities.jp/iraqoka/sub12-kawaguti-p.html

当時、まだ31歳かそこらの超若輩小僧の弁護団事務局長したが、今から見ても、大きくは間違っていなかった、と思っています。

訴訟毎に特徴が違いますが、その訴訟の特徴に応じた、大きな道筋をしっかり見通して、裁判をしていくことが大事だと思います。

この自分の講演録を読んでいてちょっと思ったのですが、学生運動などを経験した世代と、学生運動などの経験のない僕らやもっと下の世代とでは、経験も、価値観も、言葉も違います(僕も、60年安保はもちろん、70年安保の時にも、まだこの世にいません)。

そこを理解して、若い人達が、主体的に社会問題に関心を持って、そして一歩前へ行動できるように、環境を作っていくことが、「上の世代」の責任ではないかな、と思っています。

上の世代の方々には、「今の若いもんは」と文句ばかり言っていないで、「うまく一歩引いて、そっと後押し」ということをお願いしたいな、と思う次第です。

僕は、名古屋訴訟の内河弁護団長(四日市公害訴訟にも関わった名古屋の重鎮)など、実力と経験を備えた弁護士達が、僕ら若手のがんばりを、あたたかく見守ってくださったおかげで、若い弁護士達も萎縮せず、全力で裁判が出来たのだと思います。

裁判をやると決めたら、「上」の世代の弁護士は、一歩引きながら、全面的に支援する、という「構え」を大きく取ってあげて欲しい、と「元若手」としては願うところです。
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by kahajime | 2013-02-16 23:22 | 憲法
 イラク訴訟違憲判決から5年。イラク派兵違憲訴訟の弁護団事務局長として関わり、その後も一人一票違憲判決に関わった立場として、この期に「違憲訴訟」を起こす、ということがどういうことか、僕なりに考えているところをまとめてみたい。

■違憲判決は99.9%出ない
 まず、「違憲訴訟を起こす」ことを考えるにあたって、この日本国憲法下では裁判所はほとんど違憲判決は出してこなかった、という現実を直視することから始める必要がある。 違憲判決は、原則99.9%、取れないのだ。
 「憲法違反」ということは、普通の「違法」とは異なる。単なる「国賠訴訟」とも次元が全く異なる。
 「立法行為あるいは行政行為が、憲法の規範に反している」という国家の根幹に関わる重大かつ深刻な問題なのだ。当然、違憲判決を出すのであれば、その裁判官にも一生に一度の覚悟を迫るものだ。
 それでも「違憲判決を目指す」ということは、①裁判官が「違憲判決を出さざるを得ない」と心底思わせる「事実」があり、その「事実」を裁判官に丁寧に示すこと、②裁判官を圧倒的な理論で説得しきる「理論」を弁護団が備え、展開しきること、③裁判所に、「裁判所の役割」として、違憲判決を出すほかないと覚悟させること、④そのために、原告や弁護団は何年もかかることを承知で全力以上の力で裁判を遂行すること、が最低限の条件である。
 そして、世論にも違憲判決の必要性を訴え続けることも不可欠であり、法廷の外に向けた「裁判運動が裁判を支え」また、「裁判が運動を支える」という相関関係がなければならない。
 最低限、こういった「構え」があって初めて、違憲判決を勝ち取るための「スタートライン」に立つことが出来る。
 逆に言えば、違憲判決は、「原則99.9%でない」という事実を前提に、それでも突破して違憲判決を得る、という圧倒的な事実を下に、勝てる理論と、裁判を後押しする世論を作り上げる、という戦略がないのであれば、違憲訴訟はすべきではない。
「合憲判決」が出てしまえば、それまでの「運動」自体をつぶしてしまうからだ。そのリスクをしっかり認識した上で裁判をすべきである。
 「運動がダメだったから裁判」で、というのは完全に負け犬裁判であり、これは最悪である。しかし、残念ながら、しばしばあるケースであり、そしてこのような裁判で原告が勝てた験しはない。
 運動との関係で言えば「裁判を運動の中心に据える」という積極的な戦略がなければならない。
 裁判は決してパフォーマンスで起こしてはいけない、というのが僕の持論である。

■「勢い」や「パフォーマンス」で違憲訴訟を起こしてはならない
 僕が弁護団事務局長としてイラク訴訟を起こしたとき、まだ僕が31歳だったということから、「イラク訴訟は若い弁護士が勢いで違憲訴訟を起こした」と思われがちである。 しかし、イラク訴訟弁護団は百戦錬磨の強者が多く結集し、日々厳しい議論を重ねながら裁判を行っていったのであり、「パフォーマンス」で訴訟を起こしたわけでも、「勢い」で起こしたわけでもない。

 もちろん、裁判の目的は、「判決で勝つ」ということに限定されるものではない。
 判決で勝たなくとも、違憲判断を裁判所がしなかったとしても、裁判を中心とした裁判運動によって、目的を達成できることが最も大事なことである。
 逆に、法廷の中だけでの狭い裁判闘争では、結局裁判にも勝てない。
 しかし、だからといって、違憲訴訟を起こす以上は、法廷でも違憲判決を全力で目指す、ということが大前提であって、判決で勝つことを軽視した裁判は絶対にすべきではない。
 「パフォーマンスで裁判をした」と裁判官が思った時点で、その裁判は負けである。
 確かに、「違憲訴訟」というのは、インパクトがあるが、「インパクト」だけで裁判をすると言うことは、「パフォーマンス」で裁判することと同義である。

 
■次に、憲法訴訟を起こすときに陥る問題が様々あるが、大事な注意点をいくつか指摘させていただきたい。
 憲法訴訟を起こすときに陥る第一の問題点は、議論が「憲法議論」に拘泥する、ということである。
 憲法訴訟である以上、憲法議論が中心となって当然、と思われるかもしれないが、これは半分正しく、半分正しくない。

 イラク訴訟でも、議論の当初は、「憲法議論」に拘泥した。
 自衛隊の海外派兵を違憲と訴える裁判では、裁判所は「平和的生存権は具体的権利ではない」として、違憲かどうかの実態審理に入らず「門前払い」をし続けてきた。
 そのため、イラク訴訟提訴時も、その「門前払い」を突破し、実態審理に入るために「平和的生存権」の理論面に議論が集中した。
 これは、日本が「付随的違憲審査制」を取っており、「違憲」ということだけで裁判にはならない、ということから、如何に、実態審理の土俵にのせていくか、という議論であり、その議論を真摯にすること自体はもちろん必要である。

 しかし、逆に、「付随的違憲審査制」を取っている、ということは、普通の民事事件との土俵の上で裁判を行う他ない、ということであり、そこで、「普通の民事事件」の「土俵」で必要な主張をしっかりしていくことが不可欠、ということを軽視してはいけないのである。
 では、「普通の民事事件」の「土俵」で必要な主張とは何か、といえば、それは「被害」の事実、実態を丁寧に訴え、裁判所に司法による救済の必要性を自覚させる、ということである。
 したがって、なによりも、「被害実態の事実」が大事だ、ということである。
 イラク訴訟では、イラクの深刻な実態について、4年間、新聞記事はもちろん、様々な情報を丹念に、地道に収集し続けた。また、イラクから難民が多数流れていたヨルダンに現地調査に行ったり、また、アメリカなど各国の法律家やNGOなどとも連携して、情報を入手し続けた。地道な情報を積み重ね、イラク戦争の実態を立体的に積み重ねていったのである。

 同時に、原告側に、深刻な被害が生じていることが必要であり、イラク戦争に反対して外務省を「クビ」になった天木直人元レバノン大使など、多様な原告それぞれの具体的な「被害」をリアルに訴え続けてきた。
 イラクの被害実態と、原告の被害実態の双方を、丁寧に訴えてきたのである。こういった「被害実態の深刻さ」を訴えることなく、憲法議論の「空中戦」ばかりに終始していては、勝ち目はない。
 これが、違憲訴訟、憲法訴訟の際の注意点の1点目である。

■次に、第2の注意点として、政治的主張の場に陥ってはならない、という点である。
 特に「憲法9条違反」など、政治的にもかなりの議論となるテーマの場合、原告の主張も政治的メッセージが強調されて「政治的主張」の場になってしまう傾向がある。誤解をおそれずに率直に言えば、弁護団、原告団として結束せずに、市民が単独で起こした違憲訴訟の場合、訴状が政治的主張に終始し、法的な主張になっていない場合が多い。
 政治的に、憲法9条違反ということを訴え続けても、法廷ではそれだけでは全く説得力を持たない。

■第3の注意点として、「違憲」の対象となる「違憲・違法行為」としての「事実」を具体的に「特定」し、「立証しきる」、ということである。
 「憲法訴訟」となったとき、「憲法違反」という抽象的なメッセージが強くなりすぎるためか、普通の民事訴訟では当然に加害行為を「特定」していくのに、なぜか、具体的な国家の行為の「特定」が甘くなる傾向があるような気がしてならない。
 イラク訴訟の名古屋高裁違憲判決も、抽象的に「イラク派兵が違憲」、としているわけではない。また、単に「空輸が違憲」としているわけでもない。個別具体的に、航空自衛隊の輸送活動について期間を特定し、その期間の輸送実態をしっかり証拠に基づいて検証した上で、憲法の規範に適合するかの判断を厳密に行っているのである。
 抽象的に、もっと言えば、「政治的」に「違憲判断」をしたわけでは、決してない。
 通常の民事訴訟の思考方法そのままで、淡々と事実を厳密に特定し、証拠を評価し、法律判断を下した、ということなのである。
 弁護団側も、しっかりと国の「違憲・違法行為」の「特定」を厳密に行い、違憲とする行為の特定を厳密に行うことが不可欠である。
 そのためには、弁護団も、実態をしっかりと知ることが必要であり、積極的な情報収集と整理を行う必要がある。

 
■4点目の注意点であるが、憲法訴訟の際に、今まで違憲判決を得られなかったということから、「突破するには新たな憲法理論が必要だ」として、「斬新」な憲法論に陥る傾向があるが、これも慎重にすべきである。
 イラク訴訟でも、平和的生存権が抽象的権利とされ続けてきたために、平和的生存権自体の主張を回避して、思想信条の自由の侵害だと訴えた原告・弁護団もいる(イラク訴訟は、名古屋、札幌をはじめ、全国11地裁で提訴され、それぞれゆるやかに連携しつつ、基本的に独自の訴訟活動を行った)。
 しかし、裁判上の主張も、また、学説も、これまでの積み重ねは極めて重要であり、まずそこを無視して、「斬新」な議論を展開しても、裁判所を説得しきる力を発揮することは困難である。まずは、これまでの訴訟(敗訴判決からも含めて)の蓄積と、学説の蓄積をしっかりと学び、その上でその訴訟に合わせた理論に「発展」させていく、ということが大事である。いきなり独自の斬新な議論を展開しても、勝ち目はない、と思う。
 「独自」の主張に陥る前に、まずこれまでの蓄積を継承する、という姿勢が大事である。
 イラク訴訟では、砂川、恵庭、長沼、百里と戦後の憲法9条訴訟に関わってきた内藤功弁護士からその都度教訓を学び取り、訴訟に活かそうとしてきた。同時に、憲法学者の先生に密に協力いただきながら、憲法議論の承継と発展を目指し続けてきた。
 裁判は、その時点一点だけに存在するものではなく、流れの中にある。流れを承継し、つくり出し、次に承継していく、という意識が大事だと思う。

 
■5点目は、「憲法違反」とする際の「憲法規範」は、学説上は通説を大事にすることと、さらには、政府見解を決して軽視しない、ということである。
 イラク訴訟の名古屋弁護団では、戦後の憲法九条に関する政府答弁(内閣法制局の答弁)全てを丁寧に分析した。その中で、大森内閣法制局長官の「武力行使一体化」の要件に関する政府答弁の重要性に着目した。
 そして、裁判の中で、航空自衛隊の個別具体的な活動(しっかりと特定をしたもの)を、この「大森4要件」に当てはめた結果、「武力行使一体化」の要件を満たす、として「憲法違反」という論理展開をした。つまり、政府見解に則っても、「違憲だ」という展開をした。
 相手の土俵に乗った上で相手を寄り切る、という戦法を正面からとったのである。

 名古屋高裁違憲判決は、まさに自衛隊の個別具体的な活動を、この大森4要件に当てはめて、政府見解に則って、「違憲」と判断したのである。
 名古屋高裁は、「独自の憲法論」に則ったのではなく、「政府見解に則って違憲」といったのであり、国にとっても反論の余地のないものであった。
 政府見解の重みを軽視せず、しっかりとそこから議論を展開することで、裁判所も違憲判断をしやすくなるし、また、判決自体の重み、説得力も全く異なってくる。
 政府見解などの積み重ねも、軽視してはならない。

 
■6点目の注意点であるが、弁護団だけで裁判をする、あるいは逆に弁護士などいらない、ということにならず、弁護団と原告団とは車の両輪だという意識で裁判をしていくことが大事である。
 憲法訴訟になると、その「政治性」故か、弁護団が突出するか、逆に原告が単独で行うか、という両極端になりがちである。裁判によっては、途中で弁護団と原告団とが反目し合ってしまうこともある。
 しかし、裁判は、弁護団だけでも、原告だけでも出来ない。普通の裁判では当然のことである。特に、憲法訴訟では、法廷の中の議論を法廷の外に,世論に広げていく、ということが大事であり、その際に原告が主体となって広げていく、ということが極めて重要である。原告の主体性と、弁護団の主体性それぞれが有機的に結びつくことが不可欠であり、反目し合っているようでは力を発揮できない。
 原告とつねに信頼関係を高め、たとえば弁護団会議には原告も参加し、逆に原告の会議にも弁護団が参加することが大事である。
 また、法廷と法廷の間の期間に勉強会を持ち、弁護団は原告とともに、また、市民とともに学び続け、広げ続けるという姿勢が大事である。

■7点目であるが、裁判は長くつらい。盛り上がりで言えば、提訴時がピークである、と言っても良い。マスコミが注目するのも、提訴までである。
 その後の地道な訴訟活動を諦めずにやり抜くということが大事である。
 名古屋のイラク訴訟では、一審の名古屋地裁で、提訴後2年目に代わった裁判長が原告を敵視し、強引な訴訟指揮を行ったために、その後1年間裁判所と原告・弁護団が正面から対立する厳しい法廷が続き、結果、完敗を喫した。
 高裁に控訴した直後の弁護団会議は、皆意気消沈していたこともあり、しばらく弁護団会議の参加者が激減し、ひどいときには4人、ということきもあった。
 その時は、一人は、原告の代表の方だったので、弁護士は3名。さらに、うち1人は、会議終了間際に来たので、実質会議で議論していた弁護士は2名だった。
 もっとばらすと、一人は僕。一人は、僕の妻(弁護士)。ほとんど「夫婦げんか」という会議だった。そういう時期もあったが、それでも、次の会議まで、次の法廷までの課題と戦略を議論し、何をすべきか、誰にその課題を担当してもらうか、という前を向いた議論を(けんかをしながらも)しっかりしていたのである。
 余談であるが、違憲判決が出た直後の弁護団会議には、「こんなに弁護団いたかな」と思うくらい参加者が増えた。 

 そんなもんである。
 諦めずに、「細々と、しかし、堂々と」続ける、ということが大事である。
 違憲訴訟を起こした後、人が減っていく、ということは覚悟の上で、起こした中心の弁護士は、覚悟を決めて最後までやり抜いて欲しい。
 違憲訴訟を起こすにあたって、注意して欲しいと思う点は、だいたいこのくらいです。
 裁判運動論などは別にいろいろ考えるところがありますが、別の機会に述べたいと思います。
 
 なお、これは個人的な見解で、イラク訴訟弁護団の見解ではありません。 
 
 
 
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by kahajime | 2013-02-15 03:44 | 憲法
安倍自民党が大勝した。

まず、遅くとも参議院選挙後、集団的自衛権行使を可能にする「国家安全保障基本法」の制定をするだろう。

しかも、憲法9条の従来の政府見解を否定するために、政府が出す「閣法」ではなく、議員が発議する「議員立法」の形を取り、内閣法制局を通さずに法律を制定する、としている。

そしてすでに「国家安全保障基本法」は自民党内の機関決定を経ている。

なお、自民党内でも、「憲法9条を実質的に変えるのだから、正面から憲法改正をすべきで、国民に信を問うべき」と言う意見も強かったようである。このことは、石破氏が自身の著書で明言している。

憲法9条の明文改憲を回避して法律による解釈改憲を断行し、しかも、内閣法制局まで回避する、というやり方は、あまりにも国民を無視し、愚弄したやり方だ。「こそくなやり方だ」という批判が強く出るのは当然である。

しかし、安倍、石破執行部は、こういった「こそく」なやり方で、憲法9条をまず骨抜きにし、その後、憲法改正の手続きを定めた憲法96条を変えるところから憲法改正をする可能性が高い。

先に憲法改正手続きのハードルを下げた上で、次に憲法全体を変える腹づもりだと言われている。

なお、自民党の新憲法草案はすでに去年示されているが、それを見る限り、人権概念が大きく後退するなどしている。これでは、日本は「人権と立憲民主主義」という価値を共有できない国として国際社会(特に欧米)から見放されるのではないか、とても心配である。

しかも、参院選挙が終わるまでは、憲法改正のことは前に出さないようにと、麻生氏が強く忠告したとの報道がされている。

参院選で争点に出さずに、参院選に勝った後に、「後出し」的に「国家安全保障基本法」から進めていく、ということであれば、もはや「こそく」というより、国民に対する「欺き」ではないか。

2013年7月の参院選が終われば、最長3年間は選挙がない。

その間に、国民的議論がないまま、「国会の多数」の力で憲法9条の解釈改憲から押し切っていこうとしていることに、強い危惧を抱かざるを得ない。

「国家安全保障基本法」は国家の根幹に関わる問題である以上、堂々と、国民的な議論をした上で、選挙で信を問うべきである。それが民主主義の基本である。
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by kahajime | 2013-01-06 00:59 | 憲法
先日かもがわ出版さんから出させていただいた「憲法9条裁判闘争史」、おかげさまで売れ行き好調のようです。かもがわ出版さんの中での「売り上げランキング」では2位につけています。3000円と値段の張る本であるにもかかわらず多くの方に買っていただき感謝しています。

早速買っていただいた方達が、ブログなどでコメントして下さっています。

福岡県弁護士会の「弁護士会の読書」でも取り上げて下さっています。

「知的好奇心を大いに刺激し、満足させる本です。若手弁護士が大先輩の内藤弁護士から聞き出すという仕掛けが見事に成功しています。難しい話を面白く、分かりやすく語るという狙いが見事にあたりました。そのおかげで、伊達判決の意義がよく理解できます。」などと書いていただいています。

聞き手を努めた「若手弁護士」としてはありがたいお言葉です。

また、岡山の長久さんという方はブログで次のように書いて下さいました。


いやいやいや、
 これはスゴイ、ほんとうにスゴイ本ですよ。
 個人的には、野呂栄太郎賞あげたい。
 (そういう性格の本ではないけど)

 「はじめに」を読んだ時点で、
 3,150円でも買う価値のある内容で
 あること間違いなし、と思わせてくれた。



砂川事件、恵庭事件、長沼訴訟、百里基地訴訟と、
「憲法9条」を武器に、たたかわれてきた、
歴史的な裁判闘争。
この裁判闘争の教訓、そこで勝ちとられたものは、
日本の現在と未来にどう生かされるべきなのか。

そうした観点を軸に、
この裁判闘争に弁護士として関わってこられた内藤功さんに、
自衛隊イラク派兵違憲訴訟の名古屋弁護団の中心で活動された
中谷雄二弁護士・川口創弁護士がインタビューするという形式。


とにかく、話がとても具体的で抽象論はいっさいないので、
おもしろいし、ものすごく学ぶべきところの多い本。
平和運動の大事な観点も凝縮されている。


あらためて、これらの裁判の判決文を読み込んでみたいと思った。

そして、日本の裁判所にある種の絶望感を抱いていた私だけれど、
なんか目の前がパッと明るく開けた感じがある。


「平和憲法を守り活かそうとすれば、私達は、市民として、
法律家として、覚悟を決めて憲法を守り活かす闘いに
身を投じる必要があるでしょう。その時、新たな深刻な
局面だからこそ、戦後の平和憲法を活かそうとしてきた
闘いから学ぶことが大事になってくるのではないでしょうか。
 その闘いの中で、困難に直面したときにヒントになる
ような一文が、この本にはきっと書かれていると思います。
この本は、憲法を武器に闘う市民、弁護士にとって、バイ
ブルになるものだと思います」

と川口創弁護士が「はじめに」で書かれていたが、
読み終えてみて、「まさに」と共感した。
これから、座右の書の1冊にくわえて、
多くのものを学び取っていきたいと思った。


内藤さんが本の中で紹介されていた
何冊かの書籍も、さっそく注文した。楽しみである。


活動家のみなさん、
必読ですよ!!!

(いくつか誤字があったのが残念だったけど、
それも初版本の味わい、ということで)

長久さん、ありがたいコメントありがとうございました。
最後かなり急いで仕上げたので、誤字が残ってしまいました…。申し訳ありません。
2刷りに入れるよう、多くの方に買っていただけるように伝えていきたいと思います。
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by kahajime | 2012-11-24 10:30 | 憲法
近く、「憲法9条裁判闘争史」という本が、かもがわ出版から出ます。

これは、砂川、恵庭、長沼、百里と、戦後の憲法訴訟を闘い、そして、2008年のイラク派兵違憲判決も支援した弁護士、内藤功弁護士の話です。

イラク訴訟弁護団の中谷弁護士と僕の二人で、4回(うち2回は合宿)にわたってインタビューを行ったものをまとめたものです。

憲法9条を生かす闘いの経験と知恵を、将来にどう活かしていくか。

たくさんのヒントが詰まっている歴史に残る本だと思います。

ぜひ、関心がある方はお求め下さい。
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by kahajime | 2012-10-16 22:42 | 憲法
昨日5月19日、名古屋市中区役所ホールにて、評論家の宮崎哲弥さんを招いての憲法企画が、愛知県弁護士会主催で行われました。

500人の会場がほぼ満席で、若干の立ち見も出てしまいました。立ち見になってしまった方、申し訳ありませんでした。

前半が、宮崎さんのお話で、僕が聞き手を務め、その後、本さん(名大教授)のミニコンサート(?)があり、後半、宮崎さんと本さんのお二人のお話を、僕が司会として議論を進めさせさせていただきました。

宮崎さんから、マスコミ取材禁止、ということで硬く言われていたので、このブログでも、あまり詳しくお伝えできませんが、予想以上にかなり良かったと思います。

宮崎さんは、憲法とは国民から国に対する命令書なんだ、権力を縛るものなんだ、という原則を丁寧に話されました。

憲法を護るとか変えるとかの前に、まず、憲法とは何か、日本国憲法に何が書かれているかをしっかり理解しよう、9条だって何を変えようとしているのか、あるいは守ろうとしているのかすら、分かっていない人ばかりじゃないか、ちゃんと憲法を知って議論していこう、という、とても大事な提起をしていただきました。

宮崎さんと本さんとの対談も、時間の関係で掘り下げが不十分でしたが、議論が対立する点も含めて大変良かったと思っています。

実は、弁護士会には、「弁護士会が改憲論者の宮崎さんを呼ぶとは何事だ!」という電話が事前にかなり入ったようです。
しかし、参加いただいた皆さんからは、「とても良かった」という声をたくさんいただき、ほっとしております。

憲法の議論をするにあたって、例えば「護憲」論者ばかりを集めて、「そうだそうだ」と4畳半の議論をしていてはいけないと思っています。

その意味で、他流試合は大事だと思って、この企画に賛成した部分がありますが、宮崎さんが憲法についての理解を正しくされた上で議論をされたので、かみ合うところはしっかりかみ合い、かなり実りのある会になったと思っています。

僕の立ち回りは、ホスト役として出しゃばりすぎず、宮崎さんに気持ちよく話していただきながら、しかし、こちらが話していただきたいポイントは落とさず進めていく、という大変難しい役回りでした。

最初、対談相手と司会の依頼があったとき、何とか断ろうと思ったのですが、「他に適任がいない」(そんなこと全然ないと思いますが)と押し切られ、引き受けてしまいましたが、始まるまで、どうなっていくのか読めない部分がありすぎて、とても不安でした。

「あそこでああ聞けば良かった」と後悔する点もあります。

しかし、全体的には、宮崎さんと本さんが大変しっかりした議論を分かりやすくしていただいたおかげで、何とかうまくいったと思います。

わかりにくいまま終わってしまった点などは、全て司会の私の責任です。

至らなかった点は、何卒ご容赦いただきたいと思います。
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by kahajime | 2012-05-21 00:27 | 憲法
愛知県弁護士会の憲法記念行事が、5月19日(土曜)、名古屋市中区の中区役所ホールにて開かれます。先着500名で、予約不要、入場無料です。

今回は、思い切って、テレビでよくお目にかかる評論家の宮崎哲弥さんをお招きし、憲法についてのお考えを伺います。僕が対談相手を務めさせていただきます。

また、パネルディスカッションでは、名古屋大学の本教授(憲法)にも加わっていただきます。そのコーディネートも私がさせていただきます。

宮崎さんは、立憲主義の重要性を説いていらっしゃり、憲法は権力を縛るものだという観点からお話しいただきます。


護憲、改憲を語る前に、憲法についてちゃんと知ろう、という企画にしていきたいと思います。
宮崎さんとは、先日もTBS内の喫茶店で打ち合わせをさせていただいてきました。

ご本人は、立憲主義を貫く観点から、しっかり軍隊も縛るべきという考え方で改憲を御主張されていますが、その点については、9条改憲反対の本教授との対談で議論を深めていきたいと思います。

思い切った企画だと思います。

いろいろ言われたりもしますが、弁護士会として取り組む以上、そして、対談相手やコーディネート役という大役に抜擢された以上、とにかく良い企画にしていきたいと思い、頑張ります。

個人的には結構楽しみです。

5月の初旬に、愛知県内の各新聞に大きな広告が打たれますので、よければご確認下さい。

また、私の事務所、名古屋第一法律事務所のHP上のブログにも、チラシを載せています。
よければご覧下さい。
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by kahajime | 2012-04-11 22:58 | 憲法
今日は、自由を守る某法律家団体の90周年記念の企画に、リレートークのパネリストの一人として参加させていただきました。東京・お台場のホテルで開かれ、約600人が参加。かなり広い会場でしたが、後ろの席を出す位多くの方が参加されました。

憲法を守り活かす、また、貧困のたたかい、労働者のたたかいに、多くの弁護士が結集していることを実感し、励まされた次第です。

また、福島の広田弁護士、仙台の小野寺弁護士からの発言で、被災地の問題、原発の問題の深刻さと、弁護士としての役割を改めて実感しました。

近く、福島のいわきや相馬に行ってこようと思います。

課題がたくさん見つかり、また、励まされた貴重な機会でした。
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by kahajime | 2011-10-21 21:32 | 憲法