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私の私見をお読みいただいた皆様、本当にありがとうございます。

どうぞ良い年をお迎えください。
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by kahajime | 2010-12-30 21:40
名古屋の覚王山は、無宗派の「日泰寺」があり、その門前町がとても味があって好きです。

たとえば、そこにある床屋さんは、まさに昔ながらの床屋、という感じで、テレビでドラゴンズ中継が流れていて、店の小さい子どもさんが店内で遊んでいる、という感じです。このほのぼのした雰囲気が好きで、時々カットしてもらいに行っています。

また、大衆食堂(と言っていいのか?)「玉屋」さんというところがあり、ここは量が多く、学生さん向けかもしれません。ほっとできる空間です。

最近、一人の時に行くのが、キッチンカフェ「ひらき」さん。学生が一人で来ていたり、若いカップルが来ていたり、近くの家族がみんなで食べに来ていたりします。
今はカキフライ定食がとてもおいしいです。

また、覚王山には「覚王山アパート」というのがあって、若いアーティストのみなさんがそこで作品を発表したりしています。
また、「覚王山新聞」なども作ってくれていて、覚王山地区を盛り上げてくれています。

リフレッシュにとても良い場所で、名古屋の中で好きな場所の一つです。
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by kahajime | 2010-12-30 17:24
■■雑誌「SIGHT」誌2011年冬号で、「日本の有罪率、99.9%の何故?」として、刑事裁判の問題を特集しています。とても重要な内容がわかりやすく書かれていますので、是非お手にとっていただければと思います。

この間、取り調べ可視化の議論が進んでおり、望ましいことです。「可視化」とは単に「取り調べ状況をビデオでとる」ということだけに限りません。完全可視化を求めて行きたいと思います。

■■さらに、以前も述べましたが、まず「可視化」ですが、「可視化」だけでは不十分ではないかと考えています。

検察官が取り調べをした「調書」は、ほぼ採用されるのが現実で、いくら被告人が無実の叫びを法廷でしたとしても、裁判官は黙殺し、「調書」によって有罪にしてしまいます。

では、検察官はどうやって調書を作るか。

取り調べの中で、暴行などが行われることはほとんどありません。ですので、ビデオを回していても、外形的には、穏やかに取り調べが行われているように見えます。

しかし、ビデオでは見えない現実がいくつかあります。

もっとも大きな問題の一つは、検察官が被告人や証人らの取り調べをする前に、警察が取り調べ調書を作っていて、そのデータが事前に検察官にわたっている、ということです。

ですから、検察官が被告人を取り調べる前に、検察官のパソコンの中では、すでに被告人の調書がほぼ、完成している、ということはよくあることです。

端的に言えば、「被告人を誘導をして調書を作る」のですらなく、「すでに出来ている調書に、被告人を誘導する」のです。

ポイントとなる点をうまく「確認」し、調書にサインさえさせてしまえば、調書は完成です。

自分が作った筋道に、相手を引っ張り込む。
これが検察官の取り調べでは常態化していると言って過言ではありません。その結果「効率の良い取り調べ」が可能となり、かつ、有罪判決を選るに十分な調書が短時間で量産されていくのです。

大阪地検特捜部の前田検事らの問題で「自分が作った筋道にこだわり、ひきこむ」ということがよく指摘されていますが、それは、検察の実務ではむしろ当たり前に行われている、と言って良いと思います。

■■そのほかにも問題があります。これは、いっそう深刻な問題です。

警察が作った証拠を用いて、検察官は有罪にしやすい内容に整えていく(調書について言えば、書き換えていく)。これが検察官の役割だとすれば、裁判所は、証拠に問題があっても有罪のために都合のいい解釈をし、なんとしても有罪にしていく、という役割を果たしています。

私が最近経験した事件では、一警察官が作成したエクセルの表(ある女性の携帯電話のメールの内容を、警察官が携帯を見ながら、手書きでエクセルに打ち込んで作ったもの。携帯のデータも警察のパソコンに取り込んだが、その後消去してしまって存在しない、として未提出)を、刑事訴訟法321条3項の「検証調書」に準ずるとして採用し、有罪にした事件があります(名古屋地裁)。

重要なデータを消去してない、として出していないだけでも怪しいのですが、警察官がエクセルの表を作っていく過程で虚偽の情報を盛り込むことは容易に可能です。
このような書面を有罪の証拠に採用することは、本来の刑事訴訟法の趣旨に明らかに反しています。

しかし、裁判官は、これを証拠として採用し、有罪、かつ実刑にしました。

警察の捜査を検察が補完し、検察が提出した証拠を、さらに裁判官が有罪のために補完する。

「警検裁一体」で、有罪を作り出すベルトコンベアをひたすら回している、と言わざるを得ません。

警察の捜査や検察の捜査全般がずさんとは思っていません。
多くの警察官、検察官が日々熱心に仕事をされていることはよくわかっております。

ただし、人が行うことですから、間違いを犯すこともある。ずさんな捜査、誤った捜査をしてしまうこともある。

違法な捜査があったときには、しっかり裁判官が捜査の問題点を指摘し、原則通り無罪にしていく、ということをする必要があります。

しかし、裁判官はこのことをずっと怠ってきました。

それが、ずさんな捜査、自分のストーリーに引き込む捜査を助長させてきたのではないでしょうか。

問われるべきは最高裁裁判官をはじめとする、裁判官だと言わざるを得ません。
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12月3日(金曜)、某法律家の団体の何十周年かの「記念企画」として、自衛隊を違憲と断じた長沼訴訟違憲判決を書いた福島重雄元裁判官と、同事件の弁護団だった榎本信行弁護士、そしてイラク訴訟の弁護団の僕の3人の鼎談が、東京都内でありました。

司会を城北法律事務所の上野弁護士がしてくれました。

福島さんが、大勢の人の前で、こういった形で話をするのは初めてだそうです。

「イラク訴訟の川口さんが話すなら僕もでても良い」と仰ってくださって、出演を決めてくださったとのこと。大変ありがたいことです。

直前には、福島さんから主催者側に対して、「僕が話す時間が長い。僕は川口さんの今の話が聞きたいのだ。昔の人間を引っ張り出してきて、昔の話を聞いてどうする。若い人が今の話をしないでどうするのだ」と厳しいだめだしがあり、質問内容も大幅に変更しました。

全体的には、福島さん、榎本さんに当時の話を振り返っていただいた上で、僕の方で「長沼訴訟違憲判決が、点として存在していたのが、イラク訴訟で線になり、そしてその線は未来へとつながっている。長沼、イラクで生み出された魂を未来につなげていくのは、若い人たちの使命だ」というような、ちょっと大きい話をしてまとめていきました。

最後に、若い人へ向けて、として福島さんからは「自分の頭で考えろ」、榎本さんからは「熱意を持って」とのエールがありました。

自分の頭で考え、熱意を持ってがんばっていきたいと思います。

歴史的な機会に、鼎談相手として立ち会わせていただいたことに深く感謝しています。
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by kahajime | 2010-12-30 15:38 | イラク
12月18日、ある集会の後に名古屋市の栄にある雑貨店「セアン」さんに寄った。

名古屋に来て以来、ずっとお気に入りのお店で、オーナーとも親しくさせていただいています(最近は会っていませんが…)。

お目当ては「街並み」(長野のナノグラフィカさんで作られている小冊子)。

新しいのが出てるかなと思って見てみると、ありました!「街並み」40号!

http://monzen-nagano.net/books/

早速手に取り、レジへ。

「これより新しいのってでてます?」と聞くと、

「これ、昨日入ったばかりですよ」とのこと。

入荷直後に「街並み」最新号を買えた、ということで、超ラッキーな気持ちになりました。

最新号を買ってしまったので、妻の実家の長野に行ったときに、ナノグラフィカさんには寄って行る必要はなくなったのですが、やっぱり年末に長野に行った際、ちょっとのぞかせていただこうと思います。

僕は密かなファンですので、いつも本当にのぞくだけなのですが。

とにかく、清水さんという方の写真がすごく良い。
「日常」の「温かな瞬間」を切り取るのが、こんなにうまい人はいないと思う。
僕の心の師と仰いでおります(会ったこともないけど、勝手に尊敬)。

撮る人の人柄が偲ばれます。

また、小冊子の後ろの方に「レポート」があって、これを高井さんという方が書いているのですが、これまたイラストや字体も、そしてその内容自体も味があってとっても良いのです。人がとっても好きなんだな、この人、って感じる「レポート」です。

「街並み」は、発売当初から買わせていただいており、全巻大事に持っております。
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by kahajime | 2010-12-23 23:23
一人一票、まだまだ問題は残りつつも、しかし、山は確実に動いています。

朝日新聞「参院比例区9ブロック分割案を提示 格差解消へ西岡議長」

http://bit.ly/hzVAjh

ただし、升永弁護士は、今日の電話で「本当に民主主義を国民が勝ち取っていく、掴み取っていく、その血の滲む過程を経る、という点では、逆にあまりにもできすぎてしまっている。これでは多くの国民にとって、民主主義がまた『棚ぼた』になってしまう」と苦慮されていた。

升永弁護士は、目先の裁判とか、最高裁とか、小さいことにこだわっていない。
民主主義を国民一人一人が掴み取る過程こそ大事だという民主主義の本質を、確実につかんでいらっしゃる。

升永弁護士と出会って1年半。この人は、本物だ、と今日改めて思った。


もっとも、西岡案はそのまま通らないでしょうから、まだまだ「産みの苦しみ」は幸いにも続く。

その産みの苦しみの過程を多くの国民が享有することで初めて、民主主義を国民が勝ち取ったことになる。

升永弁護士は、ここまで見て運動をしてきたのだ。
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12月18日の「子ども子育て新システム」反対集会での発言が、名古屋の学童関係の方に手によって、ユーチューブにアップされました。アドリブでしたので、わかりにくい部分、不正確な部分はご容赦下さい。

http://bit.ly/i6Mwbf

なお、不正確な点としては、日弁連は、まだ「子ども子育て新システム」について公式の立場を表明していません。情報が不明な部分が多いので。現在、子どもの貧困のメンバーの一部で、市場化の点を撤回することを求める意見書をとりまとめたところです。
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by kahajime | 2010-12-23 21:50 | 保育
子どもがとにかく1年無事に育つことが出来たことに、感謝。多くの皆様のおかげです。

来年1年も、無病息災、元気に笑顔で過ごせますように。
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by kahajime | 2010-12-23 21:37
大阪地検特捜部のFD改ざん事件を契機に、取調の可視化の議論が進んでおり、冤罪をなくすための大きな前進だ。

しかし、冤罪の構造を考えた場合、他にも改善すべき点は多く残されている。

村木さんの事件では、検察官が強引に誘導して作った関係者の「供述調書」を裁判所が採用せず、無罪となった。

なぜ、検察官は誘導をしてまで供述調書の作成に力を注ぐのか。

それは、現在の刑事裁判では、供述調書さえ作ってしまえば有罪が保障されているからである。村木さんの事件での大阪地裁のように、検察が作った調書を裁判所が採用しないケースは実は極めて珍しいケースなのだ。

法廷で仮に被告人が「自分は本当はやっていない」と供述しても、「自白」をした「調書」があれば、刑事訴訟法322条で、「自己に不利な供述」として「自白調書」の方が有罪の証拠とされる。
また、証人が「本当は犯人は被告人ではない」と述べても、刑事訴訟法321条1項2号で「矛盾した供述をした」として「被告人が犯人だ」とする「供述調書」の方が有罪の証拠とされる。

結局、法廷で弁護人が反対尋問で成功すればするほど、検察官側に加点が積み重なり、有罪になってしまう。99.9%有罪、というのは、まさにそういう現実の結果なのだ。

しかも、裁判所は、警察、検察を「過信」し、違法な捜査があっても、また警察のねつ造の疑いなどがあっても、よほどのことがない限り、無罪にはしない。この裁判官の姿勢が、多少の違法をしても大丈夫、という気の緩みを捜査機関にもたらしてきた。大阪地検特捜部の元検事の証拠ねつ造事件はあまりにも明白であったために立件された一例に過ぎない。

僕が最近担当した事件は、一審で「警察官の証拠ねつ造の疑いがある」として無罪であったのに、高裁は「一般に警察が自ら手を染めてまで証拠のねつ造をする可能性はない」との理由で逆転有罪、実刑とした。なお、同じ日に、大阪地検特捜部元検事が証拠ねつ造の自白をしている。

では、それほどまでに無罪判決を裁判官が書かない理由は何か。

実は無罪判決の訓練は司法修習中全くない。
無罪判決の書き方を裁判官が知らないのだ。

ペンキ屋にたとえれば、黒いペンキを塗ることしか知らず、白いペンキなど持ったことすらない、というのが裁判所の実態なのである。

また、一審で無罪となった事件でも、高裁で逆転有罪となる割合は7割から8割と言われている。そのため、一審の裁判官は、無罪を出すことに躊躇をし、無難な有罪判決に逃げていく。そして、高裁が逆転有罪にした判決を最高裁は無罪にすることはほとんどない。

こういった状況があいまって、一旦起訴された以上、無罪判決が産み出される可能性はほとんどない、という実態が作られているのである。99.9%有罪の高い壁を検察官とともに作り上げ、検察官の調書偏重主義と時々生ずるずさんな捜査を増長させてきたのは、まさに裁判所である。
前田検事を産み出した責任は裁判所にもある。

この現実は、刑事司法が思考停止の機能不全を生じているといわざるを得ない。裁判員制度の下でも、残念ながら上記の問題点はほとんど改善されていない。

大阪地検特捜部の問題は裁判官の問題でもあり、かつ調書偏重主義や人質司法を是認する刑事訴訟法の問題でもある。

刑事司法全体を問い直す時期に来ている。
大阪地検特捜部の「特殊な問題」として矮小化してはならない。  
 
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昨日、18日、名古屋市内で「子ども子育て新システム」に反対する集会があり、サンタ姿のたくさんの保育園児を含む2000人が参加、集会後は栄をパレードしました。

集会としては大成功だったと思います。
企画をされた皆さん、参加された皆さん、そして子どもたち、ほんとうにお疲れ様!

地元のニュースの流れました。中京テレビさんの方が正確かなという気がしました。CBCさんには、僕の似合わないサンタ姿での発言シーンが少し流れます…。
中京テレビhttp://tinyurl.com/28frv2z 
CBC http://tinyurl.com/2ar3cmr  

なお、僕は、保育園に子どもを預ける父母の立場として、発言者の4人のうちの一人、トップバッターとして話をさせていただきました。
父母の立場で、ということだったのですが、僕の話の前に「子ども子育て新システム」の集会なのにもかかわらず、「子ども子育て新システム」になぜ反対するのか、という点の話がなかったので、新システムの問題点から話しましたが、持ち時間が4分、というなかで、なかなか的確に話すことが出来ませんでした。

人前で話すことについては緊張はしませんが、4分という持ち時間で、新システムの問題点と父母としての個人的な危機感を話すのはやっぱり難しく、ちょっと後悔が残ります。

勉強会などを企画していただければ、どこでも話しに行きます。



私見ですが、「新システム」のことを、「幼保一体化」と言ってしまうのは、問題の本質から外れているのではないか、という気がしています。

新システムの問題は、保育園も幼稚園も名実ともに破壊するもので、新たに作る「子ども園」も完全に市場の海の中に放り出されます。行政は保育に直接責任を負いません。

子ども手当プラスアルファの「現金給付」が基本となって、あとは企業なども参入して作られる「子ども園」をどうぞ自由に選んで下さい、という制度です。

競争原理の中で、近くに子ども園自体が全くない、という地域も出来るでしょうし、子ども園に預けるお金が足りず、預けられない家庭もたくさん増えるでしょう。

行政は、子どもの成長をしっかり守る、というところから完全に撤退します。

保育を「産業」にしてしまう、金儲けの対象にしてしまうというのが、新システムの本質です。

この国は、どんどん人の命に責任を持たなくなっています。
ひたすら、「産業育成」の名の下に、金儲けのための政策を進めています。

金儲けのために、子どもの成長や命まで差し出すこの国って、いったい何なんでしょう。
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by kahajime | 2010-12-19 22:35 | 保育