2008年4月17日、名古屋高裁は、「イラクでの航空自衛隊の活動は憲法9条1項に違反する」という違憲判決を下しました。
違憲判決からこの4月でちょうど10年になります。
名古屋高裁は、イラク戦争の実態、自衛隊の活動の実態をきわめて正確に、詳細に事実認定しています。そして、名古屋高裁は、憲法9条の解釈について、政府見解(先の閣議決定前の政府見解)の立場にたった上で、航空自衛隊の空輸活動が憲法9条1項に違反すると判断しました。
同時に、平和的生存権について、「裁判で訴えることが出来る具体的権利である」ということも明確に示しました。この点も、きわめて大きな歴史的意義があります。
違憲判決が出た当初、政府は「傍論だ」などと、判決をことさら軽視する発言を繰り返しましたが、結局、年内には自衛隊をイラクから撤退させました。市民が憲法を使い、憲法の力を発揮させた成果だとも言われました。
イラク派兵違憲訴訟は全国11カ所で起こされましたが、名古屋高裁以外で違憲判決が出されたところはありませんでした。
しかし、裁判が終わった後も、各地の裁判の蓄積は承継されていきました。
北海道では、その後、佐藤博文弁護士を中心に自衛官の人権裁判が多数行われ、自衛隊員の人権に光をあてる取り組みが続いています。その積み重ねの上で、現職自衛官の母親が南スーダンへの自衛隊の派遣の差し止めを求める裁判が起こし、南スーダンからの自衛隊が撤退した現在も、裁判は続いています。
仙台では、イラク戦争に反対する市民を自衛隊の情報保全隊が監視する、という問題に対する裁判を起こし、情報保全隊の監視の実態に迫り、一部違法との判決を得るに至っています。
全国各地のイラク派兵違憲訴訟のたたかいの蓄積は、その後の憲法9条と平和的生存権を使った様々な裁判に承継されています。自衛官の人権を守り、また、自衛隊の活動を憲法9条の枠の中に押しとどめさせるために、違憲訴訟の蓄積は確かに活かされています。
この10年間も様々な場面で憲法9条を使ってきました。現在もなお、憲法9条を活かす闘いの途上である、とも言えます。
今、安倍政権は憲法改正を強引に進めようとしています。
自衛隊を明記する、ということですが、明記される自衛隊が、集団的自衛権行使を認める安保法制を前提とする自衛隊であれば、今後、名古屋高裁のようにイラクへの自衛隊派遣が憲法違反だというような司法判断が出る余地はなくなるでしょう。
まして、3月末の自民党党大会で一任された改正案では、自衛隊の海外での活動に対する憲法の歯止めがなくなってしまいかねません。
「自衛隊員がかわいそう」なとどいう情緒的な言葉で憲法改正を語るのではなく、憲法改正をすることによって自衛隊の活動がどう変質するのか、自衛官の人権はどうなっていくのか、具体的に検討していくことが必要です。
自衛隊の活動がどう変質するのか、具体的に検証するためにも、イラク派遣の実態を検証することは不可欠です。
「なかった」とされたのに、実は「あった」陸自の日報ですが、おそらくこれから開示までの間に墨塗作業が行われていくのでしょう。
しかし、航空自衛隊の週間空輸実績が、2009年には全面開示され、2万人以上の米兵を輸送していた事実を公にし、2008年の名古屋高裁の事実認定が正しかったことがはっきりしました。
イラクでの陸自の活動についても徹底した検証が必要です。
陸自の日報は、検証をしていく上で必要不可欠の資料ですから、墨塗にせず、すべての情報を国民に開示し、国民の下でイラクでの自衛隊の活動の実態を振り返り、検証を行うことを強く認めます。