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保育園の「最低基準」は「最低基準」として機能していない(1)

去年、愛知県の碧南市の保育園で、一人の尊い命が失われました。私は、そのご両親とともに、その保育園にも行ったりなど、微力ながら関わらせていただいてきました。

5月末に、中日新聞、東京新聞に記事が載ったので、引用させていただきます。いかに、保育園の「最低基準」がずさんかがわかると思います。このまま、「子ども子育て新システム」などが導入されたら、子どもの命はもっと危険にさらされるのでは無いでしょうか。そう思わざるを得ません。

ゼロ歳児急増 変わる保育園<上> 保育園の窒息死事故 見守り手薄 おやつ喉に

2011年5月26日

 昨年十月、社会福祉法人が運営する愛知県碧南市の認可保育園で、栗並寛也ちゃん=当時(1つ)=がおやつのカステラを喉に詰まらせ、約四十日後、入院先の病院で亡くなった。事故は、寛也ちゃんと同じゼロ歳児(入園年度の四月一日時点で一歳に満たない子)が急増し、寛也ちゃんら四人が別室の一歳児部屋に移されて間もなく起きた。待機児童解消が重要な課題となる中、今回の事故は何を物語るのか。変わる保育事情と合わせ、三回にわたって報告する。 (市川真)

 「おやつを喉に詰まらせ、病院に運ばれた。すぐ行ってください」。保育園から電話を受けた母のえみさん(32)は車に飛び乗った。ハンドルを握りながら「救急隊員が心臓マッサージをした」という保育士の言葉が頭の中でよみがえった。「心臓が止まったってこと?」。締め付けられるような息苦しさを感じた。

 総合病院の救命救急センター待合室に着いてすぐ、ベッド脇に通された。が、いつもの元気な寛也ちゃんの姿はなかった。人工呼吸器を付け、半開きの目の焦点は合わないようだった。「お母さん来たよ」。手を握り、寛也ちゃんが好きな「カエルの歌」を歌った。涙で顔がぼやけた。

 数日後、医師からのつらい宣告が待っていた。「脳の深いところまでダメージを受け、回復の見込みは限りなく低い」。えみさんと夫の秀行さん(32)は仕事を休んで付きっきりで看病。心拍数が下がっても、えみさんがチューブにつながれた寛也ちゃんを抱っこすると再上昇した。「子どもとお母さんはつながっているんだ」と感じた。

 何度もヤマを越えたものの、十二月七日午前四時すぎ、寛也ちゃんはえみさんの胸に抱かれて息を引き取った。一歳五カ月だった。

     ◇

 「事故がなぜ起きたのか知りたい」。葬儀後、保育園に足を運んだ両親を驚かせたのは、ゼロ歳児部屋で保育されていたはずの寛也ちゃんが一歳児部屋で事故に遭ったことだった。両親は知らされていなかった。

 園長によると、昨年九月にはゼロ歳児は九人だったが、十月に四人が入園。ゼロ歳児部屋が「芋の子を洗う状態」となり、寛也ちゃんら四人を担当保育士一人とともに壁を隔てた隣の一歳児部屋に移した。「歩き始めたので広い部屋の方がいいと判断した」という。

 事故直前の状態も、両親の聞き取りで少しずつ分かった。昼寝から起きるのが一人だけ遅くなった寛也ちゃんは、担当保育士と机を囲み、おやつを食べ始めた。保育士は、他の園児の帰り支度などで立ち歩いたときもあり、保育園や市は「見守りが不十分で、立ち歩くときは、ほかの保育士と声を掛け合うなどすべきだった」としている。

 事故当時、寛也ちゃんがいた一歳児部屋と続き部屋の二歳児部屋には、園児計二十六人と保育士四人がいて、ごった返している状態だったという。

 おやつを喉に詰まらせたとき、保育士は寛也ちゃんの口の中に残っていたカステラを指でかき出した。まだ苦しがっていたため、同じ建物にある介護施設の看護師と、駆けつけた救急隊員が電動吸引器を使用。喉の奥からは、何も出てこなかったという。

 市は二月から、保育士から事情を聴くなど状況把握を始めた。適切な保育が行われていたのか専門家に意見も聴く方針。

 一方、両親は事故当時の状況で不明な点があるとして、公平な第三者委員会の設置と調査実施を求めている。「事故から半年たったが、事実解明が進まない。このままでは悲惨な事故を繰り返すのでは」と両親は危惧している。
by kahajime | 2011-07-11 22:05 | 保育