刑事弁護でこころがけていること

■刑事弁護に向き合ったきっかけ

弁護士10年あまりの間、結果として多くの刑事弁護の仕事をしてきました。地検特捜部相手の事件も含めて、無罪判決も複数獲得してきました。

もともとは、自分自身が交通事故の被害者であったことから、犯罪被害者支援などに関心があり、刑事事件にさほど関心があったわけではありませんでした。

しかし、司法修習の中で、被疑者・被告人も、捜査機関との関係では圧倒的な「弱者」の立場に立たされていること、その力関係の中で、時として行きすぎた捜査がなされることがありうることなどを痛感しました。

また、私が弁護士になろうとしていた頃は、まだ弁護士が増員される以前で、国選弁護の引き受け手が足りない状況でしたから、若手の弁護士が国選弁護を一生懸命やるのは当然の責務だ、という感じがありました。

ですから、もともとは刑事弁護をやることを強く志したわけではありませんが、刑事弁護は弁護士である以上すべき仕事、という認識を持ってはいました。むしろその程度、といった方が良いかもしれません。

■弁護士2年目の刑事弁護が契機

弁護士2年目の時、弁護士会の副会長から「引き受け手がいなくて残ってしまったので、やってくれないか」と頼まれ、断ることなど出来ずに控訴審の国選事件を引き受けました。

罪名は強盗殺人未遂被告事件。一審は有罪、実刑(懲役)でした。

刑事裁判の控訴審は「事後審」といって、原審を事後的にチェックする場であって、一から証拠調べをやり直す、というようなことは認められません。両手両足を縛られながら、ボールを投げろ、と言われているようなものです。

それでも事件の概要を分析し、事件に関わる現場に何度も足を運び、多くの関係者に会って話を聞くなどの調査活動をしていくうちに、これは冤罪である、という確信を強めていきました。

警察は、強制捜査という権限と警察の組織を使って捜査ができますが、弁護士は一私人ですので、一人で、地道に「捜査」をしていかねばなりません。

膨大な調査を行い、さまざまな客観証拠を積み重ねた上で、一審の誤りを追及し、一審を上回る時間の証人尋問を経て、無罪判決を勝ち取りました(この件は、「季刊刑事弁護」という誌上で、当時の最優秀新人賞を受賞させていただきました)。

被告人の方は「有罪が確定したら、死して無実を訴えようとしていました。冤罪が晴れて言葉もありません。ありがとうございました」と深く頭を下げられました。「弁護士冥利に尽きる」というのはこういうことを言うのかな、と思わされました。

同時に、弁護士が力を尽くさねば、「有罪」のベルトコンベアは止められない、冤罪を阻止するのは弁護士が頑張るほかない、と痛感しました。

■刑事弁護人としての責任

その後、地検特捜部が立件してきた会社の事件で、会社側について無罪判決を獲得するなどしてきました。

しかし、冤罪を晴らす、という点では、その何倍もの刑事弁護で目的を達成できず、悔しい思いを強いられてきたのも事実です。

日本では、起訴をされれば99.9%有罪の世界です。有罪のベルトコンベアを警察、検察、裁判所が一緒になって回している、と思わざるを得ないケースが多々あります。

99.9%の壁と、捜査機関、訴追機関と、弁護士との間で圧倒的な力の差がある中で、弁護士としての無力感を感じることは多々ありますが、現状を悲観していても始まりません。

冤罪と思われる事件に対しては、100%の力を出してもダメであれば、120%の力を出そう、と思い、力を尽くすほかない、それが刑事弁護人の責任だ、と思い、今も一つの事件に力を注いでいます。
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by kahajime | 2016-02-06 12:32 | 刑事裁判