2月4日のインディペンデントで公開された映像です。シリア第三の都市、ホムスの現状をドローンで撮影したものです。

多数の難民が出ているシリアの現状を少し理解できると思います。一度、ご覧ください。
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# by kahajime | 2016-02-21 15:53 | イラク
 先ほどのブログの原稿では、「冤罪」について書かせていただきました。

しかし、刑事弁護の中で「冤罪」と思われる事件はそう多くはありません。

 私が日頃取り組ませていただいている刑事弁護も、ほとんどは犯罪を犯したこと自体は争いのない事案です。そういった事件に真剣に向き合うことも、もちろん刑事弁護人としてとても大事な仕事です。

 被害者の方がいる事件であれば、身柄拘束されている被疑者・被告人に成り代わり、謝罪に伺い、被害弁償を行うなど、とても大事な役割です。時として、被害者の方から罵倒されることもありますが、そういった被害者の方のつらい思いを被疑者・被告人に率直に伝えることで、被疑者・被告人の反省を深めさせ、更生につなげていくことも大事だと思います。
 
 なお、刑事弁護としては、とかく「示談」の獲得に目が行きがちですが、仮に示談が出来なくとも、被疑者・被告人の謝罪の思いを被害者側に真摯に伝えることで、被害者の方の被害回復に少しでもつなげていくことは、刑事弁護人として大事な役割だと思います。

 つらい仕事であることは否めませんが、被疑者・被告人にとっても、被害者の方にとっても大事なことだと思います。

  また、最近は貧困が背景にある事件が増えている印象を強くしています。

 こういった場合、単に執行猶予を取って終わり、ということでは済まされません。
 拘置所から出たその日からどう暮らしてゆくのか、という問題が生じます。
 ケースワークも含めた対応が必要です。私の場合は、名古屋の生活保護の支援グループなどにつなぎ、その後の繋がりも切らないように努めています。
 
また、近頃も話題になっている薬物事案については、長期的な治療や薬物を断ち切るための支援が必要です。
 しかし、日本は薬物に対する治療体制や再犯防止のための支援体制が極めて脆弱です。どうも報道などを見ると、「罪を償え」で終えてしまい、さらには「犯罪者」として社会から排除しようとする傾向が強い気がします。
 もちろん、薬物に手を出したことを厳しく問うことは大事ですが、大事なのは、二度と薬物に手を出さないこと、そのために本人がどう努力し、そして周囲や社会が、どう支援できるか、ということだと思います。その支援がなければ、十分な「更正」にはつながりません。

長いスパーンで本人が「薬物に手を出し続けない」環境を作っていくことが必要です。そのために本人が頑張るのであれば、その支援を社会的に支えていくことも必要なのではないでしょうか。

 犯罪に手を出してしまった人が、二度と同じ過ちを繰り返さないために、医療機関、NPOなど多くの方達とのネットワークを、もっと大きく、強くしていきたいと考えています。
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# by kahajime | 2016-02-06 12:44 | 刑事裁判
■刑事弁護に向き合ったきっかけ

弁護士10年あまりの間、結果として多くの刑事弁護の仕事をしてきました。地検特捜部相手の事件も含めて、無罪判決も複数獲得してきました。

もともとは、自分自身が交通事故の被害者であったことから、犯罪被害者支援などに関心があり、刑事事件にさほど関心があったわけではありませんでした。

しかし、司法修習の中で、被疑者・被告人も、捜査機関との関係では圧倒的な「弱者」の立場に立たされていること、その力関係の中で、時として行きすぎた捜査がなされることがありうることなどを痛感しました。

また、私が弁護士になろうとしていた頃は、まだ弁護士が増員される以前で、国選弁護の引き受け手が足りない状況でしたから、若手の弁護士が国選弁護を一生懸命やるのは当然の責務だ、という感じがありました。

ですから、もともとは刑事弁護をやることを強く志したわけではありませんが、刑事弁護は弁護士である以上すべき仕事、という認識を持ってはいました。むしろその程度、といった方が良いかもしれません。

■弁護士2年目の刑事弁護が契機

弁護士2年目の時、弁護士会の副会長から「引き受け手がいなくて残ってしまったので、やってくれないか」と頼まれ、断ることなど出来ずに控訴審の国選事件を引き受けました。

罪名は強盗殺人未遂被告事件。一審は有罪、実刑(懲役)でした。

刑事裁判の控訴審は「事後審」といって、原審を事後的にチェックする場であって、一から証拠調べをやり直す、というようなことは認められません。両手両足を縛られながら、ボールを投げろ、と言われているようなものです。

それでも事件の概要を分析し、事件に関わる現場に何度も足を運び、多くの関係者に会って話を聞くなどの調査活動をしていくうちに、これは冤罪である、という確信を強めていきました。

警察は、強制捜査という権限と警察の組織を使って捜査ができますが、弁護士は一私人ですので、一人で、地道に「捜査」をしていかねばなりません。

膨大な調査を行い、さまざまな客観証拠を積み重ねた上で、一審の誤りを追及し、一審を上回る時間の証人尋問を経て、無罪判決を勝ち取りました(この件は、「季刊刑事弁護」という誌上で、当時の最優秀新人賞を受賞させていただきました)。

被告人の方は「有罪が確定したら、死して無実を訴えようとしていました。冤罪が晴れて言葉もありません。ありがとうございました」と深く頭を下げられました。「弁護士冥利に尽きる」というのはこういうことを言うのかな、と思わされました。

同時に、弁護士が力を尽くさねば、「有罪」のベルトコンベアは止められない、冤罪を阻止するのは弁護士が頑張るほかない、と痛感しました。

■刑事弁護人としての責任

その後、地検特捜部が立件してきた会社の事件で、会社側について無罪判決を獲得するなどしてきました。

しかし、冤罪を晴らす、という点では、その何倍もの刑事弁護で目的を達成できず、悔しい思いを強いられてきたのも事実です。

日本では、起訴をされれば99.9%有罪の世界です。有罪のベルトコンベアを警察、検察、裁判所が一緒になって回している、と思わざるを得ないケースが多々あります。

99.9%の壁と、捜査機関、訴追機関と、弁護士との間で圧倒的な力の差がある中で、弁護士としての無力感を感じることは多々ありますが、現状を悲観していても始まりません。

冤罪と思われる事件に対しては、100%の力を出してもダメであれば、120%の力を出そう、と思い、力を尽くすほかない、それが刑事弁護人の責任だ、と思い、今も一つの事件に力を注いでいます。
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# by kahajime | 2016-02-06 12:32 | 刑事裁判
ここでは行政における情報化と民主主義との関係について、個人的な意見を述べてみたい。

 電子政府・電子自治体の発展の到達レベルを図る指標はいくつかあるが、ガートナー(Gartner)社の4段階分類によれば、第1段階はPresence(存在)、第2段階は Interaction(双方向)、 第3段階はransaction(取引処理)、 第4段階はTransformation(変身)である。

 これまで、自治体や政府各機関の情報はHP等によって容易に入手可能となり、また、様々な申請書などをネット上からダウンロードが容易となっている。その点で、第2段階まではほとんどの自治体などでも到達している。
 
 しかし、処理手続きそのものをオンラインで出来るようになるシステムの構築までは必ずしも進んでいるとは言えない。まして、政府組織が住民には「透明」になるというような第4段階にはほど遠い。

 しかし、情報化が導入される以前は、役所などに足を運び、情報公開請求などによって入手する必要があった。ところが、情報化の第1段階がクリアされただけで、わざわざ役所などに足を運ぶことなく、情報の入手が可能となった、という点では、民主政の過程に不可欠な情報開示が実質的に進んだといえ、その点だけでも、情報化が行政分野において大きな役割を果たしてきたといえる。

 住民は当該自治体などの構成員であり、納税の義務を果たすなどしている以上、住民サービスを等しく受ける権利があるはずであるが、現実には、日中の5時までの時間に役所に足を運んで様々な手続きをする、ということが出来る人ばかりではない。

 わざわざ役所などに足を運ぶことなく、行政サービスを受けたりするにあたって、申請書などを容易に入手でき、申し込みなどが出来る、ということは、全ての住民に等しく住民サービスを受ける機会を保障する、という行政の本来的な役割を実効化してきたと言える。その点でも、情報化は行政分野において役割を果たしてきた。
 
 したがって、行政分野での情報化は、情報公開を進め、民主政の手続きを実効化し、さらに、住民サービスを受ける機会を等しく提供していくために、重要な役割を果たしてきたといえる。

 小さい政府志向が言われながらも、現実には今でも行政の役割が拡大している中で、行政分野での情報化は民主政の過程を実効化していく上で、その必要性は今後も高まっていくと考える。 

 ところで、情報化の観点としては、現時点では、基本的に「住民が受益者である」という点に重点が置かれており、受益者である住民へのサービス提供、という視点が強い。

 しかし、情報化の役割と可能性は、本来その限りではないはずである。

 そもそも、住民は民主政の過程において単に受益者ではなく、主権者であり、当事者である。

 主権者である住民の意向をより行政に反映させていく、という観点において、情報化は大きな可能性を持っているはずである。
 
 例えば、クラウドソーシングの活用により、地域の課題を顕在化し、それをプラットフォームに示し、市民の中でシェアしていくことが可能である(先駆的な実践として、アメリカのフィラデルフィアの都市計画委員会による「Textizen」など)。

 行政が作る情報だけでなく、市民生活の中に埋もれている様々な問題を行政が集約し、提供していく、ということにつなげていく。こういったプロセスを通じて、住民自治の機能は高まっていく。
 
 情報化を進めていく先には、「民意」の集約においても、多大な役割を果たしていく可能性は十分ある。
 
 これまでは、「市民参加」は、行政へのアクセスがなかなか困難だった中で,意欲的な市民に限られていたが、スマートフォンなどを活用して簡易に意見集約をすることも可能となり、その結果、「民意」をより簡易に、しかも多数の「民意」を集約していくことが可能となってくる。

 しかし、市民参加の課題とも言えるが、広く集められた「民意」を市政に反映していく、という点では、いくら情報システムが進んだとしても、様々な限界がある。

 まず、最も大きな「障害」となりうるのは「議会」である。

 「多数の民意」の意向と議会の意向が矛盾するような場合には、「民意」は無視され、あるいはそもそもテーマとして取り上げられることすらない。
 
 逆に議会の意向に一致する方向性の課題についてのみ、データが活用され、「民意」が反映される形を取られる、ということになりがちである。
 
 例えば、住民投票に変わる簡易な情報集約ツールが開発されたとしても、そもそも住民投票自体を議会が認めない中では情報を活かしていくことが出来ない。

 もちろん、議会には議論をする、という役割があり、情報集約だけで、直接民主主義的に政策を決定すべきではない、という点からは、議会の機能自体は決して軽視されるべきものではない。

 しかし、議会自体が機能していないと批判されがちな今日では、議会が情報化の障害となってしまう部分も否定できない。
 今後の情報化の課題としては、議会をいかに「民主化」するか、ということも同時に進めていかなければ、情報化の先にあるGartner社が提示するところの第4段階の「行政の透明化」など、実現できないのではないか。

 情報化を進め、「多数の民意」を吸い上げることと、議会の活性化を図る、ということとの双方向が健全でなければ、結局、行政府にとって都合の良い「民意の吸い上げ」になってしまいかねない、という問題意識を、念頭に置いておく必要があるのではないだろうか。

追伸

2106年12月24日の中日新聞で「PKO陸自 日報廃棄」の記事。
情報は主権者である市民のものである、ということが前提であるが、この国の政治家や官僚にはおよそその認識がない。
主権者の情報を安易に廃棄する行政は、ガートナー社の4段階分類の1段階のPresence(存在)すら満たさず、論外であり、民主主義国家の基礎を欠いていると言わざるを得ない。

このようなことは許されない。
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 10年以上前の話であるが、NTTリストラ訴訟弁護団の一員としてNTTの経営分析を担当し、NTTの担当者の尋問も担った。経営分析では経営学の学者に指導いただき、会計学の重要性を実感した。
 裁判では、「人件費の物件費化が進められている」との軸でNTTのリストラ政策批判を展開した(名古屋訴訟は、勝利的和解)。

 会計学を理解する過程で知ったのは、会計基準が我が国に及ぼしている影響の大きさである。

 そして今、改めて、会計基準の影響の大きさを痛感している。

 以下は、自分の認識の整理のためのものである。専門外であるので、不正確な部分はお許し戴きたい。

 我が国の会計では従来、収益費用アプローチを重視し、純利益を重視し、発生主義会計、原価主義会計を基本構造としてきた。

 これに対し、ロンドンを中心に発展してきた国際財務報告基準(IFRS)の特徴の1つとして、時価主義・公正価値会計がある。この「公正価値会計」に関しては、国際会計基準委員会(IASB)が2009年5月に公開草案「公正価値測定」を、2011年5月には、IFRS第13号「公正価値測定」を公表している。

 「公正価値会計」は、1980年代後半から、デリバティブ等の新しい金融派生商品の急速な開発・普及等を背景として、金融商品会計を中心に世界的な普及を見せており、我が国にも多大な影響を及ぼしている。

 我が国も、橋本政権下のいわゆる金融ビッグバン以降、金融資産に時価主義が導入され、その後徐々に適用範囲が拡大されてきた。

 九州大学大学院の岩崎勇氏が「国際会計研究学会臨時増刊号2010年度」の「IFRS導入と公正価値会計の浸透」99頁において、従来の日本の会計思考と時価主義との対比を示している。

 岩崎氏によれば、従来の日本の会計思考が、①産業資本主義的な思考に基づき、②収益費用中心観に立ち、③発生主義会計・原価主義会計を基本構造とし、④時価の適用範囲は、金融ビッグバン以降も基本的には金融商品に限定されているのに対し、IFRSの基本思考は、①金融資本主義的な思考に基づき、②資産負債中心観に立ち、③全面時価会計を基本構造としている、と整理されている。
 
 さらに岩崎氏によれば、「我が国が長期志向でゴーイング・コンサーンを前提とした製造業的な思考の下での会計観を従来から採用してきており、他方、IFRSは、ファイナンス理論的な観点から、企業それ自体をも1つの商品として捉え、M&A等により企業を売買することを視野に入れた考え方に影響を受けている。言い換えれば、IFRSは、短期志向で投資の清算価値を常に念頭に置く金融業的な思考の下での会計観を採用していると考えられる。」としている。

 IFRSの会計観によれば、投資家は企業自体の「商品」としての価値を重視していることから、「商品」としての企業の事業用資産等も、売却を前提とした出口価格評価を想定しており、時価としての「公正価値」を重視することとなる。
   
 このIFRSの会計観は、

1)投資家は企業それ自体の「商品」としての価値を重視することから、「企業価値とは現在持っている資産のストックが大事であり、資産の時価が重要である」と考える。
 
2)そこで、資産と負債を全面的に時価で評価し、その差額である純資産の大きさこそが、投資家が企業の価値を把握するときに大事だ、という考え方につながる。
 
3)時価会計については、我が国も現実に有価証券について時価会計の導入をしたことにより、有価証券の含み損益が開示されることになり、会社の株主、投資家にとっては、投資の意思決定に役立つ情報がより充実したと考える。したがって時価会計の導入は、現在の企業の「価値」を図る上で大きなメリットがあるとみる。

4)また、時価会計の導入が進むことで、企業はこれまで以上に収益性重視の方向に向かうことになり、投資家にとってはメリットとなる、と考える。

5)したがって、時価主義の全面的導入は、企業の価値を把握し、また企業により収益性を重視させる、という点で投資家にとってメリットとなる。

以上が、時価主義を重視する会計観の基本と言える。

しかし、私は、以下の数点から、時価主義が拡大していくことについて、強く危惧をしている。 

(1)「公正価値」の評価が可能かという問題

 まず、有価証券であれば、時価の評価は可能であるが、それ以外の事業資産など、時価で評価することが困難な場合が少なくない。
 特に、中古市場などもない場合、極めて主観的な「時価」を「公正価値」と言って「評価」する他ない。このような「時価」が果たして本当に「公正」な資産評価が可能であるのか、極めて疑問である。
 むしろ、主観的な評価ばかりに支配された財務諸表を公開することで、投資家の利益を逆に阻害するおそれも否定できない。

(2)中長期的視点の欠如と企業価値の捉え方の問題

 短期的な利益を上げる投資家の利益を重視しすぎることにより、企業が中長期的に利益を拡大していく、という安定的な経営が困難となる、という弊害がある。 
 そもそも、企業の価値も、その企業の資産のストックや負債の価値のみをもって、企業の価値が決まるわけではないはずである。上記岩崎氏も、企業価値とは、「将来どのくらいの成果を稼ぐか、という見込みによって決まる」(101頁)としており、我が国の産業資本主義的な会計観に、IFRSの企業価値の捉え方は馴染まない。

(3)企業の安定性を著しく欠く
 さらに、大畑伊知郎の「日本経済を壊す会計の呪縛」(新潮新書)によれば現実に金融商品に対する時価会計の導入により、会社が保有する有価証券の含み損益が開示されることになったため、有価証券の含み損により、自己資本が目減りするということが起こり、企業の安定性が脅かされるようになった(45頁)。その結果、株式の持ち合いの解消が進み、安定株主に変わって外国人投資家が拡大し、株主の立場に立った収益性重視の経営に転じた、とする。

 もし、資産負債がすべて時価評価となれば、企業活動自体を健全に行っていたとしても、企業活動と離れた資産価値の変動によって、会社の自己資本がマイナスとなり負債が資産を上回る、という状態になってしまい、一気に倒産の危機にさらされることとなり、企業が極めて不安定な存在となってしまう。

 かかる事態を回避するために、企業は今以上に内部留保を高め、非正規雇用の拡大などに拍車がかかりかねない。
 
(4)長期的に企業価値を低める
 
 さらに、時価会計の全面適用がなされれば、今以上に企業は目先の利益拡大が至上命題となり、西武ホールディングスのように、投資家から、不採算部門(西武の場合は、地域の資源でもある鉄道)の切り捨てを求められることが日常化するのではないか。
 そのことは結果として長期的には企業価値を低めることになりかねないのではないか。

 少なくとも、会計上の資産と負債を全面的に時価(公正価値)で評価し、その差額である純資産の大きさを投資家(株主)にとっての企業価値(株主価値)の指標にすべき、というような全面的な時価会計基準は、我が国に馴染むものではない。
 
 時価会計基準の適用範囲の拡大は、日本の堅実な「ものづくり産業」を衰退させ、非正規雇用の拡大にも拍車がかかることは必至である。

 時価会計基準の適用が拡大していけば、「下町ロケット」の佃製作所のように、長期的な展望を持ってものつくりにチャレンジをする中小企業は絶滅しかねない。

 会計基準の問題は弁護士にとって盲点であるが、企業法制や労働法制と極めて密接に連関し合っていることから、常に注視が必要である。

【参考文献】
 ・岩崎勇「IFRS導入と公正価値会計の浸透」国際会計研究学会臨時増刊号2010年度
 ・福井義高「公正価値会計の経済的帰結」金融研究2011.8
 ・大畑伊知郎「日本経済を壊す 会計の呪縛」(新潮新書) 
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9月5日、愛知県内の学生さんたちが中心になって「『安保法案』について国会議員に聞く・あいち若者の集い」が名古屋市内で開かれます。多数の議員が来て下さるそうです。どたなでもご参加いただけるとのことですのでご案内します。

■名称「安保法案について国会議員に聞く・あいち若者の集い」
■日時 平成27年9月5日(土曜日)午後2時開会。
■場所 名古屋市中区新栄町2-3 名古屋YWCA会館2階 BIG SPACE(市営地下鉄栄駅徒歩2分)
■参加費:500円(18歳未満は無料)
■連絡先 鳥山晴香(日本福祉大学3年) 

☆8月末時点で参加いただける議員のみなさん
・民主党:大塚耕平さん、山尾しおりさん
・共産党:本村伸子さん
・社民党:福島みずほさん
・維新の党:牧義夫さん(ご検討中)
・自民党:交渉中
・公明党:交渉中

■学生さんが議員に出された手紙の一部をアップさせていただきます。

拝啓
 突然のお手紙をお送りさせていただきましたご無礼をまずお許し下さい。
 安保法案は「これまでの安全保障政策を大きく変えるものだ」と言われています。
 そうであれば、この先の人生が長い私たち若者にとってこそ、とても重要な法案だと思っています。

 しかし、国会の議論を見ても、私たちの勉強不足なのもあるかもしれませんが、とても私たちに届く言葉で議論しているように思えません。安倍首相のテレビでのお話に至っては、集団的自衛権の問題を火事に例えるなどしていて、ますます分からなくなった、というのが正直なところです。

 私たちに届く言葉で語られず、私たちが理解できないまま、安保法案の審議が進んでいることに、とても強い危機感を抱いています。

 国会議員の先生方は、安保法案について賛成であろうと、反対であろうと、先生方ご自身が十分理解の上で、お立場を表明されていると思います。

 私たちのこれからの人生にとても重要な法案だからこそ、先生ご自身のお言葉で、そして、安保法案について、私たち若者に届く言葉で安保法案について語って戴きたい。私たち若者の疑問に正面から向き合って答えて戴きたい。そして、その場を、是非、私たちの地元で設けたい。そう思い、今回の企画を思い立ちました。

 私たちは、日頃、学校の授業やアルバイトで精一杯で、政治的な問題に十分知識があるわけではありません。
 しかし、そんな私たちでも、大事な法案を自分の問題として真剣に知りたいと思っています。
 
 是非、国会議員の先生方におかれては、私たちの企画にご出席戴き、安保法案についてのご見解を語って戴き、同時に私たちの質問にもお答え戴きたいと切望しています。
 
 9月5日午後2時から4時半までの間、全ての時間おいで戴く必要はございません。
 短時間でもおいで戴ければ幸いです。
 現時点では、各党から一人ずつ、おいで戴けるように各党にお願いをしております。
 パネルディスカッション形式で出来ればと思っておりましたが、ご多忙な先生方の都合もあると思いますので、先生方がおいで戴く時間を調整し、それぞれ15分程度語って戴き、10分程度質問をさせていただく、という形で進めて参りたいと考えています。

 ご多忙とは思いますが、どうぞよろしくお願い致します。
(中略)
 最後になりますが、連日暑い中で、国会でのお仕事本当にご苦労様です。お体をくれぐれもご自愛下さい。
  草 々
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# by kahajime | 2015-09-01 07:31 | 憲法
 本日、2015年8月25日、名古屋市内の愛知県弁護士会において、「愛知ゆかりの市民による平和アピール~安保法案に反対します~」の発表・記者会見が行われました。

 会見には、天野鎮雄さん他合計5名の方がご出席されました。また、名古屋出身の女優の竹下景子さんからも直筆サイン入りのコメントを戴きました。

 団体でもなく、サイト等は作っていないので、僭越ながら、事務局的に関わった私のこのブログでご案内させていただきます。

 大学などを単位とする声明は続いていますが、県のくくりのアピール等は出されていません。
 しかし、安保法案が参院で審議されており、来年参院選挙が控えています。参院選は県単位での選挙が基本となります。
 大学などの枠を越え、多くの市民の声を形にしていくことが大事な局面です。
 
 そこで、県単位で安保法案反対の声を上げていくことが大事だと考え、愛知県ゆかりの市民による平和アピールを発表することになりました。

 アピール文は下記のとおりです。賛同人のみなさんにご注目下さい。

愛知ゆかりの市民による平和アピール ~安保法案に反対します~

 
 戦後70年の暑い夏を迎えました。

 先の大戦では、名古屋は軍都として日本の戦争を支え、また、名古屋を中心にたびたび激しい空襲を受け、多くの市民が犠牲となりました。
 
 70年前の戦争を終えた後、「再び過ちを繰り返さない」、私たちはそう誓いました。
 私たちは戦後、様々な矛盾を抱えながらも、「海外で一発の銃も撃たない」ことを誇りに、平和国家としての道を歩んできました。
 
 ところが、安倍政権は、国民の多くの反対に耳を傾けることなく、集団的自衛権の行使を容認することを含む安保法案を、衆議院で強行採決し、この通常国会で成立させようとしています。
 
 集団的自衛権とは、「自国への攻撃がないにもかかわらず、他国の戦争に参戦すること」を本質としています。そして、実質的には、日本がアメリカの戦争に深く加担し、他国で戦争をする国へと大きく変わろうとしていると言わざるを得ません。
 
 日本は、先のイラク戦争においても、既にアメリカの求めに応じて、イラク戦争に自衛隊を派遣しました。

 これに対し、2008年4月17日、名古屋高等裁判所は、「航空自衛隊が武装兵員をバクダットへ空輸することは、他国による武力行使と一体化した行動であって、自らも武力の行使を行ったもの」であるとして、航空自衛隊の空輸活動は、憲法9条1項が禁止した武力行使にあたり、憲法違反であると判断しました。

 名古屋高裁が「憲法違反だ」と厳しく指摘した「輸送活動」を担ったのは、愛知県の小牧基地から送られたC130H輸送機です。これにより、私たちはイラク戦争の加害者の立場に立ったと言わざるを得ません。

 それでも、自衛隊は直接イラクの市民に銃口は向けませんでした。 
 しかし、「集団的自衛権行使」となれば、他国の市民に直接銃口を向けることになります。戦争の直接の加害者となり、被害者にもなるでしょう。
 そして、この愛知県が自衛隊を海外に送り出す、戦争の加害の拠点となります。

 私たちは、戦争の加害者にも被害者にもなりたくありません。
 安保法案が成立すれば、日本が他国から軍事的な攻撃にさらされていなくとも、政府が「日本の存立危機事態だ」と認定してしまえば、容易に海外で戦争が出来てしまいます。

 そしてひとたび戦争が始まれば、簡単に戦争を終えることはできません。
 他国からの「反撃」として、日本全土も、特に愛知県は攻撃に晒され、多くの市民、子どもたちも犠牲になるでしょう。
 そして、戦争は、命を奪うと同時に、人々から人間性をも奪います。
 戦争をする国の下で、私たちの自由な表現は弾圧され、人間としての尊厳も奪われていくでしょう。

 この夏、私たちの国は岐路に立っています。
 私たちは、人間の尊厳を踏みにじり、人を、若者を、子どもたちを、戦争の駒にする国にしたくありません。

 日本を「戦争をする国」へと変えさせないために、私たちは、一人の主権者として、また、愛知県にゆかりのあるものとして、この安保法案に強く反対します。

 2015年8月25日

 愛敬浩二(憲法学者・名古屋大学教授)
 天野鎮雄(俳優)
 池住義憲(元立教大学大学院教授)
 石坂啓(漫画家)
 内河惠一(弁護士)
 梅原猛(哲学者)
 澤田昭二(物理学者・名古屋大学名誉教授)
 竹下景子(女優)
 茶畑和也(イラストレーター)
 つボイノリオ(シンガーソングライター)
 平野啓一郎(小説家・芥川賞受賞)
 益川敏英(名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長)
 水田洋(名古屋大学名誉教授・日本学士院会員)
 水田珠枝(名古屋経済大学名誉教授)
 矢野きよ実(パーソナリティー・書家)
 山田昌(女優)
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# by kahajime | 2015-08-25 23:01 | 憲法